なぜ日本企業は変われないのか?石山恒貴氏が語る「昭和100年」に残された“働き方の宿題”と“空気”の正体
「昭和100年」という節目の年を迎える2025年。多くの企業が「人的資本経営」や「ジョブ型雇用」を掲げながらも、現場の閉塞感は晴れず、人材の流出は止まりません。
なぜ、制度を変えても組織は変わらないのか?
その問いに答えるべく、法政大学大学院教授であり、『人が集まる企業は何が違うのか?』(光文社)の著者である石山恒貴先生をお招きし、「ニッポン×働き方の宿題」をテーマにお話を伺いました。
石山先生が提示したのは、日本企業を支配する「見えない信仰」と、そこから脱却するための構造改革のシナリオです。
変わらない日本企業:「昭和63年」からの宿題
イベントの冒頭、石山先生は執筆の背景について、大学院での社会人学生との対話がきっかけだったと語ります。
「大学院には様々な企業から人が集まりますが、本音で議論すると『うちの職場、ここがおかしいよね』というリアルな課題がたくさん出てきます。その話を聞いていると、私が新入社員だった昭和63年(1988年)と昭和100年(2025年)で、本質的な問題が変わっておらず、課題がずっと先送りされているのではないかと感じたのです」
約40年近く解決されないまま放置されてきたこの「宿題」。
その起源を辿ると、高度経済成長期に労使間で合意された「生産性三原則」に行き着くと石山先生は指摘します。
かつては「雇用確保」と引き換えに「配置転換や残業への協力」を約束したこのシステムは、当時の日本にとって合理的で素晴らしい発明でした。
しかし、時代が変わってもなお、その成功体験が呪縛となり、現代の組織を硬直させているのです。
組織を支配する「三位一体の地位規範信仰」
石山先生は、日本企業が変われない根本原因を「三位一体の地位規範信仰」と名付けました。これは制度というよりも、もはや「信仰」に近いレベルで人々の意識に刷り込まれている構造です。
1. 無限定性(職務・勤務地・時間の空白)
欧米では職務内容や勤務地を決めて契約するのが一般的ですが、日本ではここが「空白」になっています。
「日本では会社が『明日から引っ越して』と言えば従うのが当たり前になっています。でも、同意のない転勤命令は、海外の視点で見れば人権侵害とも捉えられかねません。ある副業実践者が『今の会社に入社した時、自分で住む場所を決められない存在になっちゃったんですよね』と言っていたのが衝撃的でした」
2. 標準労働者モデル
「新卒で入社し、定年まで勤め上げる男性正社員」を標準とし、すべての制度が設計されています。これが中途入社者や多様な人材の活躍を阻む壁となっています。
3. マッチョイズム(仕事至上主義)
「いつでもどこでも何でもやる」ことが美徳とされ、私生活を犠牲にして働くことが評価される文化です。
「これは性別役割分業観と強く結びついています。男性が働き、女性が家事育児をするという前提があったからこそ、ライフを犠牲にする『マッチョイズム』が成立してしまっていたのです」
石山先生は、この構造について、ある読者の方から『入信したつもりもないのに、自分はこの宗教に入信していたことが分かった』という感想をいただいた」と紹介し、無自覚な「信仰」の恐ろしさを強調しました。
「OS」が古ければ「アプリ」は動かない
現在、多くの企業が「ジョブ型雇用」や「人的資本経営」の導入を進めています。しかし、石山先生は警鐘を鳴らします。
「三位一体の地位規範信仰が『OS』だとするなら、ジョブ型や人的資本経営は『アプリ』です。OSが古いままアプリだけ入れても、バグを起こすだけです。人事コンサルタントが持ってくるテンプレートを導入すれば生産性が上がるわけではありません。根っこのOSを変えなければ、実質的には何も変わらないのです」
人口減少社会における「逆転」と解決策
では、どうすればこの「宿題」を解けるのか。 石山先生は、人口減少が「企業が人を選ぶ」時代から「人が企業を選ぶ」時代への不可逆的な転換をもたらしたと指摘します。
若手社員の意識も変化し、「会社の文化・風土」への忠誠心は低下する一方、「成長」や「自分らしさ」を求めるようになっています。
この変化に対応するためのグランドデザインとして提示されたのが「無限定/限定中立社会」です。
正社員という「身分」をなくす
正社員(無限定)だけが守られ、優遇されるのではなく、職務や勤務地を限定する働き方や、フリーランス、キャリアブレイク(離職期間)も対等に扱われる社会への転換です。
「日本は『無限定正社員』の雇用保障を究極の目的にしてきましたが、そうではなく、多様な働き方を中立に扱うべきです。北欧のように、正規・非正規・フリーランスの間に身分のような序列がない状態を目指すべきです」
「強大な人事権」を手放し「同意原則」へ
具体的な第一歩として、石山先生は企業の持つ「強大な人事権の縮小」と「本人同意原則」の導入を提言します。
「『人事権の縮小』と言うと経営者は驚きますが、現場の運用を聞くと、すでに本人の同意なしに無理やり異動させることは難しくなっています。実態が変わりつつあるなら、原則として『同意』をルール化し、企業と個人が対等な関係になるよう後押しすべきです」
おわりに:昭和100年末への希望
イベントの最後、石山先生は「これからは旅芸人のような、多様な専門性を持つ人々が重視される社会になる」と語りました。
「昭和の宿題」を終わらせることは、日本的経営の全否定ではありません。かつての「良いところ(一体感や現場の強さ)」と、現代に求められる「個の自律」をどう融合させるか。
「入信したつもりもない信仰」から目を覚まし、働く個人が「自分で選べる」自由を取り戻すこと。それが、人が集まる企業へと生まれ変わるための唯一の道筋であると、石山先生の言葉は示唆していました。
登壇者
石山恒貴(いしやまのぶたか)氏
一橋大学社会学部卒業、産業能率大学大学院修士課程修了、法政大学大学院博士後期課程修了、博士(政策学)。NEC、GE、米系ライフサイエンス会社を経て、法政大学大学院地域創造インスティテュート/大学院政策創造研究科/キャリアデザイン学部 教授。日本労務学会常任理事、人材育成学会常任理事、一般社団法人越境イニシアチブ理事、日本女性学習財団理事、フリーランス協会アドバイザリーボード等。著書に『地域とゆるくつながろう!-サードプレイスと関係人口の時代-』(静岡新聞社:2019年/編著)『ゆるい場をつくる人々』(学芸出版社:2024年/編著)、『人が集まる企業は何が違うのか 人口減少時代に壊す「空気の仕組み」』(光文社新書:2025年)ほか多数
『人が集まる企業は何が違うのか』
日本企業の仕組みは、なぜ変わりにくいのか――。本書ではその理由を「三位一体の地位規範信仰」にあると分析する。三位一体の地位規範とは、無限定性(正社員総合職という働き方に代表される)、標準労働者、マッチョイズムを意味する。日本企業の仕組みと日本的雇用の在り方を変えるには、何が必要なのか。組織行動論、越境学習、キャリア形成の研究者が示す、人口減少・労働力不足の時代に必要な「10の提言」。