未来を思い描かなくても、未来に触れているということ
ただいま、
明日の Infinity Lab Vol.6「瞑想の科学」 の最終打ち合わせをしていました。
「少し整えるだけ」のつもりが、
気づけば内容を作り直す流れになり、
結果的に 5時間のミーティング。
でも、不思議と疲労感はありません。
ChatGPTで知識の確認をし、
スライド構成とスクリプト案もChatGPTに出してもらい、
私はCanvaでデザインを担当。
出来上がったスクリプトと解説は
Notionにまとめ、PDFにして
コラボのひろみさんへ共有。
数年前なら、
こうした作業に 1週間くらい かかっていたはずです。
それが、5時間。
AI時代の創造性と生産性には、
本当に驚かされます。
深くなりすぎる、という贅沢
ただひとつ問題があるとすれば、
深くなりすぎる。
ChatGPT 5.2。
もはや大学教授レベルなので、
こちらの問いが深まれば深まるほど、
返ってくる内容も容赦なく深くなる。
結果として、
私たち自身の理解や視点も、
自然と一段深くなっていきます。
これは、効率化というより
思考の密度が変わった という感覚に近いかもしれません。
未来を「考えない」のに、未来に触れる?
今回のミーティングで、
改めて気づかされたことがあります。
ジョー・ディスペンザ博士の教えは、
「未来をビジュアライズする」
という思考を、ほとんど使わない。
にもかかわらず、
体験としては確かに
「未来に触れている感覚」が起きる。
これは、
一般的に言われている自己啓発や引き寄せの話とは、
真逆の発想です。
未来を強く描くのではなく、
未来を操作しようとするのでもなく、
ただ、
今の状態が整う。
その結果として、
未来が“こちらに触れてくる”。
目標を掲げなくても、続いていた20年
振り返ると、
サラリーマン時代は
目標を掲げて達成するのが当たり前でした。
数字を追い、
ゴールを設定し、
達成する。
でも独立してから20年。
「20年続けることを目標にします」
なんて、一度も掲げたことはありません。
それでも、
お勤めに戻ることもなく、
ビジネスは続いています。
自分でも、
「よく続いているな」と
少し不思議に思うほど。
毎日が自由時間、という感覚
会社員ではないので、
私の生活は、ずっと
毎日が自由時間 です。
それを特別だとも、
不安だとも、
疑問に思ったことはありません。
何の疑問もなく、
この状態が続いている。
もしかすると、
これこそが
ディスペンザ博士の言う
「今、安心している状態」
が、ただ続いているだけなのかもしれません。
未来は、追わなくてもいいのかもしれない
未来をどうするか。
どうなりたいか。
それを考えなくなったわけではありません。
ただ、
考えなくても不安にならない状態
でいられるようになった。
すると、
未来は「作るもの」ではなく、
自然に触れてくるもの に変わっていく。
そんな感覚があります。
明日の Vol.6「瞑想の科学」は、
そんな体験と理論が、
静かにつながる回になりそうです。
未来を思い描かなくても、
未来に触れている。
そんな状態が、
誰にでも起き得ることを。
🌙 Dr. Simonより
未来は、
強く考えた先ではなく、
安心している今のすぐ隣にあるのかもしれません。
🖊 明日開催です!ご参加間に合います。録画参加もあり。