恐れがほどけたあとに
今年の終わりに、
少しだけ、手紙のように。
今年、いろんなことがありました。
でも振り返ってみると、
起きた出来事よりも、
在り方が静かに変わっていった——
そんな一年だった気がしています。
多くの人が、
「本当の自分に戻りたい」と言います。
でも、それが何を意味するのか。
ちゃんと立ち止まって考える機会は、
案外、少ないのかもしれません。
恐れがあると、
人は「何をするか」ばかりを考えます。
どう振る舞えば安全か。
どうすれば失わないか。
どうすれば、ちゃんとした人でいられるか。
でも、恐れがほどけたとき、
やることは、急に減っていきます。
考えなくてよくなる。
証明しなくてよくなる。
説明しなくてよくなる。
ただ、在る。
それだけが、残る。
今年、何度も思いました。
「本当の自分に戻る」というのは、
新しい何かになることじゃない。
恐れが入る前の、あの場所に、
静かに戻ることなんだな、と。
同じ景色なのに、
見え方が変わる瞬間がありました。
同じ言葉なのに、
意味が変わる瞬間がありました。
それは、世界が変わったのではなく。
見る側の在り方が、変わっただけ。
何かを成し遂げなくてもいい。
変わらなくてもいい。
ただ、戻れたなら——
それでいい。
年の終わりに、
そんな気持ちを、そっと置いておきます。
今年も、ありがとうございました。
また、書きます。
PS
今年の終わりに、AIで使えるプロンプトを書きました。
「変わるため」じゃなく「戻るため」に。
(以下をコピペして、AIに投げてみてください。1問ずつ質問がはじまります)
🤖 AI プロンプト
私は今、恐れがほどけたあとの自分に戻りたいです。
次の質問を、ひとつずつ、間を置いて投げかけてください。私が答えたら、次の質問へ。
1.恐れが抜けた私は、何を証明しなくてよくなっているだろうか?
2.その私は、今日をどんなテンポで生きているだろうか?
3.「本当の自分」に戻ったとしたら、私は何をもう急いでいないだろうか?
すべての答えを聞いたあとで、「本当の自分」とは何かを、私の言葉から抽出して教えてください。
🖊 英語版
この質問が終わったあとに、「アファメーションにして」とプロンプトを出すと、2026年の在り方が見えてくるでしょう。