やさしさの連鎖
今年の5月にYouTubeを聞きながら、部屋の掃除をしていた時、
藤井風さんの「満ちていく」が流れてきました。
えっ・・・
掃除の手が止まり、
映像に目が行き、
歌詞が目に留まり
気が付いた時には、泣いていて、声が出ないくらい、苦しいくらい泣いていました。
その次に流れた曲が同じく、藤井風さんの「風よ」。
いやいやいやいや
もう、涙止まらず。
その時の自分の苦しさとか、もんもんとしていた何かを
すんごく優しく、ふわっとぬぐってくれたような、
その優しい声と心とで包まれたような、
こころがとても熱くなって、詰まっていたもの全部出してくれたような。
あまりの突然の出来事で、とてもびっくりしたのを今でも覚えています。
年末の紅白で、聞いたはずの「満ちていく」
あの時は、なんとも思わなかったのに。
藤井風さんを不思議な人と思っていたのに。
なぜか、急にすごくピースがはまったかのように、繋がった。
この人、どうしてこんな詩が書けるのだろう。
どうして、こんな考え方なのだろう。
いったいどんな人物なんだろう。
という、興味から風さんの音楽を聴きました。
「愛」という言葉を、言葉じゃなくて、見えないものだけど伝わるもので、もっともっと壮大なもの。
だからこそ愛おしく、大切で。
失うのではなく、得ていて、与えていて。
とても心穏やかで、やさしい。
それをね、27歳で、どうして分かっちゃっているのか。
凄いとしか言いようがない。
もう、尊敬の念。
私、2018年にこんなブログを書いています。
風さん、28歳。
すでに、これ、分かっているのです。
でも、同じ考え方をしている人がいることが、とてもうれしかったと同時に、自分が間違っていなかったことも感じて。
それからというもの、日々が楽しくなったというか、すこし自信が持てたというか。
大丈夫なような気がしています。
欲なし生活(食欲はあり)は、私にとっては精神上とても合っています。
常に心に余白があるので、怒りや負の要素があまりおこらない。
俯瞰で見ることも出来るようになったと思う。
そんな風さんは、さらにもっともっと上を行っていて。
もっと自由でいいんだよ。
楽しんでいいんだよ。
って、色々な角度から見せてくれる。
風さんと出会った今年、もうひと皮、剥けたような気がしています。
好きとか嫌いとか、どうでもいい。
男とか女とか、どうでもいい。
出来る出来ないとか、どうでもいい。
私は、私。
私は、私を生きる。ただそれだけ。
他でもない、誰でもない、私の歩む道を、私のペースで私が生きるだけ。
こう生きたいという目標は決まっている。
けれど、それに縛られたくはない。
何か目標を決めた時、逆算して、今何をすべきか考えるて行動するのですが、
もしかしたら、目の前にあるワクワクすることをしていたら、
目標とは違う道に行くかもしれない。
いったいそれが目標にたどり着くのか、果たして全く違うものにたどり着くのか。
いったいそれが何なのか。
自分が正しいと思った道を進んだ先に何があるのか。
それはとても楽しみです。
風さんの唄を聞いた、5月。
この半年で、もっと翼を広げられたと思っています。
楽しいです。
風さん、こうやっていろいろな人の心に影響を与えているんだろうな。
もうね、世界を変えてしまうのかもしれないと、思ってしまう。
唄だけじゃなくて、発する言葉もそうだけど、寄り添ってくれる。
その、風イズムを
ひとりひとりが感じ取ったら、ものすごく優しい世界になるのになと思ったり。
風さん発信じゃなくても、それを聞いた私が、人にその優しい気持ちを届ければ良いし。
写真は、今の私の机の上にあるもの。
真ん中にあえて風さんの写真を置いてみたりして。
こんなことするの、小学生ぶりかも。
なんか、風さんの顔みると、怒ったり、イライラするのが、
時に
「それ違うよ」って教えてくれたり
「まぁまぁ」って言ってたり。
守り神のような存在で置いてます。
ありがたき存在です。
人として、とても「尊敬」する存在が出来たこと。
今年1番得た中では大きいです。
2025年。今年の1位は、まぎれもなく、藤井風さんに出会ったこと。
2026年、勉強が出来るかっこいい大人になります。
2027年、国試受かります。
そして、楽しく、日々大切に、生きます。