乗り初め(全線乗車 小出⇒会津若松) 2026年 元旦
2026年、JR只見線の乗り初めは、能登からの帰路で小出~会津若松間の全線を乗車した
*参考:
・福島県:只見線ポータルサイト
・福島県 :只見線管理事務所(会津若松駅構内)
・産経新聞:「【美しきにっぽん】幾山河 川霧を越えてゆく JR只見線」(2019年7月3日)
・NHK:新日本風土記「動画で見るニッポンみちしる~JR只見線」
・拙著:「次はいつ乗る?只見線」カテゴリ -只見線全線乗車- / -只見線の冬- / -只見線全線乗車-
昨日、「令和6年能登半島地震」から2年を迎える現場を巡った。*参考:石川県「令和6年(2024年)能登半島地震 被害の概要・写真」/ 気象庁「令和6年能登半島地震等の関連情報」
レンタカーで金沢市内を出て、輪島市から国道249号線を進み、県道28号(大谷狼煙飯田)線(奥能登絶景海道)に入り半島を時計回りに進み珠洲市へと抜け金沢市に戻るルートを辿った。
市街地は、公費解体が終わっていることもあってか家の基礎や空き地、そして傾い居たままの電柱が目立っていた。
海沿いに出ると、崖崩れがいたるところに見られた。
波打ち際が後退した、隆起したと思われる海岸線も見られた。
能登半島の先に進むにつれて、隆起した海岸線に敷かれた道路を長く走ることになった。右上に土砂崩れなどで通行不可となった“旧”道を見上げながら進んだが、震災前はこの“現”道が海だったとは信じられなかった。
*参考:石川県「国道249号沿岸部啓開」(PDF) URL: https://www.pref.ishikawa.lg.jp/douken/documents/setsumei_shiryo.pdf
復旧工事は道路ではなく、崖崩れ場所で目立っていた。擁壁工事で、数多くの重機が見られたり...、
巨大な足場が仮設されたりしていた。自然に抗う人間の力とも思ったが、人口減少が進む半島に対して以前の状態に戻す“復旧”が最善なのか、復旧費用を地域や住民の未来への“投資”に回した方が良いのか、深く考えさせられた。
高屋漁港には、震災被害に対する全国からの支援に対する感謝を示す看板が立っていた。被災地に穏やかな日常が戻るまでには時間が掛かるかもしれないが、遠方から復旧・復興の推移を見守りたいと思った。
今朝、逗留地の金沢を出発し、列車を乗り継いで長岡で上越線の上り列車に乗り込んだ。雪は新潟県に入ると多くなり、列車の先頭には多量の雪が吹きつけられていた。
11:09、小出に到着。只見線の4-5番線ホームには2編成の列車が停車していた。
列車の発車時刻まで2時間以上あるため、駅を出ようと改札に向かうと、上越線を水上方面に向かう除雪車が通り過ぎた。今日は大活躍することになるのだろうと思った。
駅舎を出て初詣をしようと、只見線・四日町踏切の脇に建つ諏訪神社に向かった。
ただ、踏切を渡り境内に近づくと、唖然。融雪のために流れ続けている水が、行き場を失い水溜まりとなって参道を覆っていた。
この水溜まりを越える方策をあれこれ考えていると、社務所となっている建物から人が出てこられて、『もし参拝するならば、脇から行けるので、表の道を進んでください』と声を掛けて下さった。
その言葉通り、一旦表に出て脇の道を進むと、まもなく拝殿と本殿が見え、そこに通じる参道が現われた。
参道を進み、拝殿前へ。賽銭を投じ、参拝した。
諏訪神社を後にして、途中コンビニで昼食などを購入し、雪が降り続く中を小出駅に戻った。
暖房の効いた待合室で、少し時間を潰してから改札口を通り、連絡橋を渡って只見線のホームに向かった。
4-5番線ホーム端、屋根の下のベンチ付近で列車のドアが開くまで待ったが、雪の降り方がどんどんと激しくなった。
小出に向かう道中、スマホで只見線の運行情報確認したところ、“只見線(会津川口~大白川駅間)は、大雪が見込まれるため、終日遅れや運休が発生する可能性があります”とあった。
ただ、天気予報を見ると、只見町の降水(雪)量が1ミリとなっていたため、運休にはならないだろうとは思っていたが、強さを増す雪の降り方に先行きが心配になった。
12時35分頃、(前)キハ110+(後)キハE120の2両編成の開扉を知らせる車両中央の赤ランプが点灯した。扉の開閉ボタンを押して列車に乗り込んだ。この時、各扉の前には1~3人の客が並んでいた。
1×1BOX席に座り、列車が動き出す前に“呑み鉄”を開始。まずは、新潟限定ビール「風味爽快ニシテ」を呑んだ。。
ビールを早々に呑み終わらせ、次は“お屠蘇”。今回選んだ日本酒は、年末に小出駅前の「富士屋」で入手しておいた緑川酒造㈱の「緑川 雪洞貯蔵酒 緑」。
瓶の裏ラベルや同封された「富士屋」の紙片には、“雪洞でゆっくりと熟成された純米吟醸酒で生酒よりマイルド”と記されていた。
吞んでみる。
旨い。吟醸酒の濃厚さが程よく、さっぱりとした味だった。列車が無事に動き出せば、新年早々、最高の雪見酒になるだろうと期待した。
13:08、水上方面からやってきた列車の後に、長岡方面からの列車がほぼ定刻に入線。数名の客が、只見線の列車に乗り込んできた。
13:12、只見線上り列車、会津若松行きが小出を出発。列車に乗り込んでからこの時まで雪は弱まることなく降り続いていたが、列車の運休や遅延の可能性を伝える車内放送は無かった。
9年前、只見行き(当時は、只見~会津川口間が「平成23年7月新潟・福島豪雨」被害で運休中だったため)の列車で、出発直前に
『本日、大雪の影響でこの列車は行き先を大白川に変更して運行いたします。只見駅には向かいませんのでご注意ください』
という車内放送が流れ、呆然としてホームに下りることを忘れ、大変な目に遭ったことを思い出した。*参考:拙著「全線乗車(小出⇒ ) ...大雪運行中止」(2016年12月17日)
小出を出た列車は、右に大きく曲がりながら、「魚沼川橋梁」を渡った。*以下、各橋梁のリンク先は土木学会附属土木図書館デジタルアーカイブス「歴史的鋼橋検索」
車内の様子。
各BOX席に1人以上の客が座り、前後車両で30名ほどの客数だった。
雪は激しく降り続いたが、列車は快調に進んだ。
お猪口が空いたので二杯目を注ぎ、サラダホープをつまむことにした。軽やかな歯ごたえと、絶妙な塩加減で、「緑川」と良く合った。
藪神を出た列車は、JA魚沼の「薮神カントリーエレベーター」の脇を駆けた。昨秋収穫された大量の籾が貯蔵されているのだろうと思った。
この直後、列車は「第一破間川橋梁」を渡った。
越後広瀬、魚沼田中を経た列車は、「大倉沢橋梁」を渡った。沿線の新潟県側唯一となるダム湖(破間川)は濃紺の水面を見せていた。*ダム湖は、東北電力㈱薮神ダム(薮神発電所取水口、藪神第二発電所貯水池)のもの
列車は越後須原を経て「第二破間川橋梁」を渡った。「緑川」は三杯目。元旦の雪見酒に気分よく酔い、ペースが早くなってしまった。
雪は弱まる事が無く、“六十里越(大白川~只見間)を越えられるか⁇”とまだ不安が残っていたが、車窓から見える、全ての木々に着雪する細やかな自然美には感動した。
上条を出た列車は入広瀬に停車。車庫には除雪車が頭を出して置かれていた。これから動き出すのだろうかと思った。
入広瀬を出発すると、列車は山間を進んだ。「第四平石川橋梁」を渡ると、下流側に見える真っ赤な柿ノ木スノーシェッド(国道252号線)が、雪景色に際立っていた。
*破間川は、源流から旧大栃山村と旧穴沢村の境界(黒又川合流点付近)までを平石川と呼んでいたため、橋梁名にその名残がある。
破間川沿いにある大白川に停車し、その後何事も無く出発した。これで、「六十里越」を含む交換設備の無い大白川~会津川口間は、雪による運休はほぼなさそうで、終点・会津若松まで行ける可能性が高まり、ホッとした。
列車は「第五平石川橋梁」を渡り、破間川と分かれ支流の末沢川沿いを進んだ。
「六十里越」は豪雪帯ということもあり、末沢川の渓谷を覆う木枝への着雪は、豪快だった。
「第六末沢川橋梁」を渡り、上流側に国道252号線(積雪期区間通行止め中)の茂尻橋を眺めた。河岸に連なる木枝一本一本は、着雪で緩やかに弛み良い光景だった。
この車窓からの眺めは、早春の“山咲き”、初夏の新緑、そして紅葉に遜色ない素晴らしいものだと感じた。そして、“会越界”の「六十里越」区間で見られる四季折々の風景は、高い観光力を持ち只見線が会津若松~小出間が一本につながっている事の必要性を認識させてくれるものだ、と改めて思った。
列車は末沢川を16回も渡河するため、次から次に現れる渓谷の雪景色に圧倒された。雪が降り続けると「六十里越」区間は運休されることが多いため、このように新雪をたっぷりと纏った木々を、私は初めて眺め続けることができた。
渓谷美が見られる最後となる「第十四末沢川橋梁」を渡った。2026年最初の日に、これだけ良い景色が見られ、今年の只見線の旅は幸先が良いと思った。
列車が毛猛平踏切を通過すると、保線小屋が見られた。平屋根の積雪は、往路の一昨日(12月30日)から増え、40~50㎝はありそうだった。
この後、「第十五末沢川橋梁」、「第四毛猛トンネル」、「第十六末沢川橋梁」とたて続けに駆け抜けた列車は、“会越界”の「六十里越トンネル」(6,359m)に突入しに新潟県魚沼市を後にした。
今日は少しスピードが出ていたのか、7分ほどで「六十里越トンネル」を抜け、只見沢を渡り福島県只見町に入った。雪は新潟県側と変わらぬ降り様だった。
この直後、国道252号線を潜り、田子倉駅跡があるスノーシェッドを抜けると「余韻沢橋梁」を渡った。“只見沢入江”越しに田子倉ダム湖の中央部に目を向けるが、横殴りの雪に閉ざされて見えなかった。*田子倉ダム湖は、只見川をせき止めた電源開発㈱田子倉発電所の貯水池
「余韻沢橋梁」から「田子倉トンネル」に入り、下り坂を快調に駆けた列車が「上町トンネル」を抜けると、市街地が見えた。
そして減速した列車は、手を振る駅スタッフの出迎えを受けながらホームに滑り込んだ。
14:25、降雪期の難所“六十里越”を難なく越えた列車は、定刻に只見に停車。
車内からは、只見四名山「要害山」(705m、会津百名山91座)の山頂がうっすらと見えた。*参考:一般社団法人東北観光推進機構「只見四名山」
14:35、列車が只見を出ると、列車に向かって手を振ってくれる3人組が居た。*参考:㈱ぎょうせい Super Reiki-Base「只見町 只見線にみんなで手をふろう条例」
只見町の市街地を抜けると、まもなく叶津地区に入った。右車窓から奥の方に見えた只見四名山「蒲生岳」(828m、同83座)は、かろうじて“会津のマッターホルン”のシルエットが確認できた。
続いて列車は、只見線最長の「叶津川橋梁」(372m)を渡った。
会津蒲生を出てまもなく、右車窓から蒲生原越しに只見四名山「浅草岳」(1,585.3m、同29座)を見ようとすると、雪雲に閉ざされ全く見えなかった。
この後、列車が墓地踏切を通過すると2階の窓から列車に向かって手を振るご婦人が居た。時にこのように2階の窓から、時に表に出てご家族と、上下3本の列車にほぼ毎回手を振って下さるというが、頭の下がる思いで私も手を振り返した。
只見川に近づいた列車は、左岸を駆け「第八只見川橋梁」を渡った。対岸には全体に雪を纏った木々が見られ、水墨画のような美しさだった。*只見川は電源開発㈱滝発電所・ダムのダム湖
渡橋後、列車は会津塩沢に停車。ホームの端に建つ雪尺は、今年どのくらいまで埋もれてしまうのだろうかと思った。
会津塩沢を出た列車は、しばらく只見川(滝ダム湖)沿いを駆けた後、滝トンネルを潜り抜け金山町に入った。雪の降り方は、変わっていなかった。
この後、列車は会津大塩、「第七只見川橋梁」、会津横田、会津越川、「第六只見川橋梁」、本名、「第五只見川橋梁」と進んだが、私は「緑川」の酔いに列車の規則的な音と振動が加わり、寝入ってしまった。
目覚めたのは会津川口で、車窓から会津若松13時5分発・小出17時47分着の下り列車を見送った。
会津川口を出た列車は、只見川右岸を左に大きく曲がった。大志集落を取り囲む風景は、よく見られなかった。*只見川は東北電力㈱上田発電所・ダムのダム湖
会津中川を出た列車は、会津水沼手前で「第四只見川橋梁」を渡った。*只見川は東北電力㈱宮下発電所の宮下ダム湖
早戸手前で三島町に入った列車は、早戸と滝原の二つのトンネルを立て続けに抜けて「第三只見川橋梁」を渡った。*只見川は東北電力㈱宮下発電所の宮下ダム湖
会津宮下を出ると「第二只見川橋梁」を渡った。三島町では今月15日前後に小正月の火祭り「サイノカミ」(国指定重要無形民俗文化財)が行われるが、今年は何箇所の集落で行われるのだろうかと思った。*参考:三島町「みしま通信」令和3年1月15日(金曜日)「三島のサイノカミ」 / 拙著「三島町「サイノカミ」(大登地区) 2022年 冬」(2022年1月15日)
渡河後、会津西方を出て名入トンネルとを抜けると“只見川八橋”の最後となる「第一只見川橋梁」を渡った。
列車はこの後、会津桧原を出た後に「滝谷川橋梁」を渡り柳津町に入り、滝谷、郷戸、会津柳津を経て会津坂下町に入った。会津坂本では貨車駅舎(待合室)に描かれた「キハちゃん」が出迎えてくれた。*参考:会津坂下町「只見線応援キャラクター誕生!!」(2015年3月13日) https://www.town.aizubange.fukushima.jp/soshiki/2/3337.html / YouTube「キハちゃんねる」URL: https://www.youtube.com/channel/UChBGESkzNzqsYXqjMQmsgbg
七折峠の登坂を終え、下り坂途中の塔寺を経てまもなく、左車窓から会津平野が見えるはずだったが、降雪の影響で会津坂下市街地の一部の灯りした見えなかった。
“七折越え”を終えた列車は、会津平野に滑り込んだ。
この後、まもなく会津坂下に停車した列車は、若宮を経て会津美里町に入り、新鶴、根岸、会津高田と闇が濃くなってゆく中を駆けた。
17:24、会津本郷手前で会津若松市に入った列車は、市街地の西若松、七日町を経て、終点の会津若松に定刻に到着。沿線で降り続ける雪に列車の運行中止や大幅な遅れを心配したが、杞憂に終わった。
会津若松で磐越西線の列車に乗り換え、郡山に到着。西口広場の「ビッグツリーページェント・フェスタin KORIYAMA」」のイルミネーションは煌びやかに輝いていた。
(了)
・ ・ ・ ・ ・
*参考:
・福島県・東日本旅客鉄道株式会社 仙台支社:「只見線全線運転再開について」(PDF)(2022年5月18日)
・福島県:平成31年度 包括外部監査報告書「復興事業に係る事務の執行について」(PDF)(令和2年3月) p140 生活環境部 生活交通課 只見線利活用プロジェクト推進事業
・東日本旅客鉄道株式会社:「只見線(会津川口~只見間)の鉄道復旧に関する基本合意書及び覚書」の締結について(PDF)(2017年6月19日) /「只見線について」(PDF)(2013年5月22日)
【只見線への寄付案内】
福島県はJR只見線全線復旧後の「上下分離」経営での維持費や集客・地域振興策の実施費用として寄付を募集中(クレジット可)。
①福島県ホームページ:只見線復旧復興基金寄附金
・只見線応援団加入申し込みの方法
*現在は只見線ポータルサイト「只見線応援団」URL:https://tadami-line.jp/support/
②福島県:企業版ふるさと納税
URL:https://www.pref.fukushima.lg.jp/sec/16005g/kigyou-furusato-zei.html
[寄付金の使途]
(引用)寄附金は、只見線を活用した体験型ツアーや周遊ルートの整備、只見線関連コンテンツの充実化等に活用させていただきます。 沿線地域における日本一の秘境路線と言われる観光資源を活用し、更なる利用者の拡大と認知度向上を図ります。
以上、宜しくお願い申し上げます。