Sara Davis Buechner ピアノリサイタル
この度は、ピアニスト サラ・ディヴィス・ビュクナー / Sara Davis Buechner のリサイタルにお越しくださいまして誠にありがとうございました。
静けさから始まり、最後は客席全体がひとつの大きな波になるような拍手に包まれて終わる、そんな忘れ難い時間となりました。
彼女のピアノは「上手い」という言葉をいとも簡単に置き去りにしてしまう演奏で、音で語り、音で生きるピアノ。粒立ちの美しいタッチ、息の長いフレージング、音の色が切り替わる瞬間の鮮やかさ。繊細なのに弱くない。ダイナミックなのに粗くならない。理知と情感が、同時に、しかも自然に鳴っている——
それが彼女の演奏の核にあるものだと感じました。
前半はバロックから古典、さらにロマンへ、音楽の歴史を丁寧になぞるような流れでした。
◻ヘンデル《ベレニーチェ》よりメヌエット
扉をそっと開けるように、空間の空気が整っていく——
最初の数分で「今夜は特別だ」と確信しました。
◻モーツァルト:ソナタ KV333
モーツァルトの“きれい”とは、薄いガラスじゃなくて実は骨格が強く、その強さと気品が彼女の手の中でとても自然に立ち上がっていました。特に Andante cantabile の歌い方は、胸が静かに満たされるようでした。
◻ショパン:前奏曲 変イ長調(遺作)/序奏とロンド op.16
前半のショパンは、甘さに寄りかからないのに、ちゃんと官能があり、音が濃いのに透明で、余韻が客席の壁に触れて戻ってくる感じで、ワルツ(op.69-1)の“懐かしさ”も、単なるノスタルジーじゃなくて、人生の層として響いていました。
そして《Introduction and Rondo op.16》は、技巧の見せ場でありながら、ただ華やかに終わらせず、最後まで“物語の推進力”が落ちないのが圧巻でした。
休憩を挟んで後半、ここからがまた凄かったです。
◻Vernon Duke:New York Nocturne
夜景を描くのではなく夜の街の“呼吸”を聴かせるみたいで、コンスタンツェハウスの小さなホールが一瞬で別の都市の時間に変わりました。
◻Dana Suesse:Jazz Nocturne
洒落てるのに、決して軽くなく、リズムの粘りや間の取り方、ふっと笑ってしまうような色気、“ジャズっぽく弾く”ではなくクラシックの構築力でジャズの夜を描く、そんな強度がありました。
そして——
◻ガーシュウィン:《Rhapsody in Blue》
ここで会場の熱量が一段上がったのを、みんな感じていたと思います。
エネルギッシュで鮮烈、それでいて雑にならない、そして身体全体で音楽をドライブさせながら、音の輪郭はどこまでも明晰で「迫力」と「精密さ」が同じスピードで走っている演奏って、こういうことなんだと感じました。終演後の熱い拍手喝采のあの空気を思い出すだけで胸が熱くなります。チャイコフスキー国際コンクール・ファイナリストという「本物の音楽家」の力なのだと、強く感じさせられました。
サラの音楽家としての圧倒的な強さと同時に、とても温かく、誠実で、人を包み込むような人柄。その人間性があるからこそ、あの音楽が生まれるのだと、深く納得もしました。
ご来場くださった皆さま、本当にありがとうございました。
そしてサラ。
コンスタンツェハウスに、こんなにも豊かな音楽の時間を届けてくださり、心から感謝します。この場所でこのプログラムをこの密度で聴けたことは、私たちにとって確かな記憶として残り続けると思います。
ひとつの公演は舞台の上の一人だけでなく多くの手と気持ちが重なって生まれるもの、ということを改めて実感した一日でした。
皆さま、誠にありがとうございました。