明珍宏和「幕が上がる、その前に」 ── 第8回 わたしはなぜ歌うのか、音楽を続けるのか
しばしば、さまざまな思いを文章に綴ってきましたが、今回は
「わたしはなぜ歌うのか、なぜ音楽を続けているのか」
という問いについて、改めて書いてみたいと思います。
わたしが音楽を続け、歌い続ける理由の中で、とりわけ大きなものがあります。
それは、音楽の中に、わたし自身の思い出が生き続けているからです。
忘れたくないこと。
逆に、できれば思い出したくないこと。
もう二度と会うことのできない人たちとの記憶。
人生の中で確かに存在した、あの大切な瞬間、あの時間。
音楽に向き合い、歌っていると、
それらの記憶が驚くほど鮮明によみがえってきます。
そして、その時には解決できなかった思いや、
どうしても報われないまま心の奥に残っていた感情が、
音楽を通して、あるいは共演している仲間たちの演奏を通して、
ふと救われる瞬間が訪れることがあります。
わたしはその時間を、
魂が浄化される時間だと感じています。
自分のような、決して感受性が鋭いとは言えない人間に
こうした体験が起きているのだとしたら、
きっと他の人にも、同じようなことが起こるのではないか。
そう思うようになりました。
悩み、苦しみ、つらい思いを抱えている人たちに、
音楽を届けることで、
ぐちゃぐちゃに絡まってしまった心の糸が、
ふっとほどける瞬間があるのではないか。
そして、わたし自身が感じてきたのと同じように、
「報われる時間」を持つことができるのではないか。
そう信じるようになったのです。
だからこそ、わたしたちは
こんなこと、聴いている方々の誰にも分らないだろう、
と思うことでさえ、深く掘り進めることを止めずに
自己修錬を積み重ねなければならない。
技術的な向上だけでなく、人として、音楽家として、
より深く、誠実に音楽と向き合い続ける必要がある。
誰かの人生において、
小さくても確かな「解決の糸口」となり得るような歌を、
歌手である以上、歌わなければならない。
そして、そのための努力を惜しんではならないと、
わたしは思っています。
これは、ある意味では試練であり、
同時に、歌手として生きる者に課せられた運命なのかもしれません。
さらに、音楽や文化には、
個人の内面に留まらず、社会そのものを動かし得る可能性が
秘められているとも考えています。
前述したように、音楽はあまねく人々の心を動かします。
感情を揺さぶり、考え方を変え、
やがて行動へとつながっていく。
音楽には、確かにそうした力があります。
以前のエッセイで「リソルジメント」について触れました。
「リソルジメント」──19世紀後半のイタリア半島統一運動。
それはまさに、音楽や文化が人々の心を動かし、
結果として国そのものをも動かしていった歴史的な例です。
音楽を通して社会が変わるということは、
理念や理想ではなく、
すでに証明され、事実として起きてきたことなのだと思います。
だからわたしは、
「ただ歌う」「うまく歌う」というところだけで
歌手の役割が完結するとは考えていません。
音楽が内包している、こうした多様な可能性を意識しながら、
未来を切り拓いていく歌手を育て、
そして共に歩んでいくことが必要なのではないか。
自分一人が歌い続けるだけでなく、
次の世代へとその思いをつなぎ、
音楽が持つ力を、より確かな形で社会に手渡していく。
その責任と覚悟を、
わたしは強く感じています。
また、時代の移り変わりの中で、
今の日本にとって、歌手、ひいてはオペラ歌手という業種は
本当に必要なのだろうか。
そう考えることが、近年、少なくありません。
実際、音楽や芸術は生活に直結するものではなく、
効率や即時性が求められる現代社会においては、
後回しにされやすい存在でもあります。
そのような現実を前にすれば、
この問いが生まれるのも、無理のないことなのかもしれません。
しかし一方で、
音楽家やオペラ歌手を志している若者は、
今も確かに存在しています。
すでにその道を目指して歩み始めている人もいれば、
これから出会いや経験を通して、
音楽の世界を志すことになるかもしれない若者が、
小学生や中学生、高校生の中にもいるはずです。
そのような人たちのためにも、
わたしたちは環境を整えておかなければならないと、
わたしは強く感じています。
たとえば、道路や水路が整備されていなければ、
どれほど先へ進みたいという意志があっても、
人は安全に歩くことができません。
音楽の世界も、それと同じではないでしょうか。
やりたいと思っても、
発表する場所がない。
学ぶ場がない。
続けていくための道筋が見えない。
そうした状況を、
「やりたいと言ったのは自分なのだから、我慢しろ」
という一言で片づけてしまうのは、
あまりにも乱暴だと思います。
特に今の日本では、
自己責任という言葉が声高に叫ばれています。
もちろん、自ら選んだ道に責任を持つことは大切です。
しかしそれと、
挑戦するための最低限の環境を社会が用意することとは、
本来、両立するべきものではないでしょうか。
わたしたち音楽家は、
ただ歌い続けるだけでなく、
次の世代が歩き出せる道を整え、
安心して挑戦できる土壌を残していく責任も負っている。
わたしはそう考えています。
音楽が持つ素晴らしさ、尊さを信じるからこそ、
そしてそれを未来に手渡していきたいからこそ、
歌い、考え、育て、環境を整える。
そのすべてが、
わたしが音楽を、歌を歌い続けていく理由なのだと思っています。
プリンスオペラ代表
明珍宏和