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寄り添い通話フラット

あの頃の暮らしが教えてくれたこと― 便利になった今だから思う、祖父母の暮らしの尊さ

2026.01.17 07:10

私が祖父母から教わったことは、今振り返ると少し古めかしいものが多いです。

けれど、それらはどれも生活に根ざした、あたたかい記憶とともに残っています。

梅酒の作り方、ぬかづけのあんばい、編み物。

祖父母は、特別なことのように構えることなく、当たり前のこととして教えてくれました。

季節になると梅を洗い、瓶に並べ、砂糖やお酒の量を目分量で決める姿。

ぬか床のにおいをかぎ、手で触れて「今日はちょっと足りないね」とつぶやく声。

説明書などなくても、長年の感覚でわかってしまうのです。

祖父母の家は古く、トイレは母屋から一度外に出て、廊下を渡った先にありました。

夜中に行くのは寒くて怖くて、子ども心に勇気がいりました。

冬になると、寝る前には必ず湯たんぽを用意してくれました。

布団の中にじんわり広がるぬくもりは、安心そのものでした。

お風呂も、スイッチひとつで入れるものではありません。

火をたくところから始まり、湯がたまるまで時間がかかります。

その手間を惜しまないのが当たり前だった暮らしでした。

遊びもまた、今とは違います。

竹を切って足をつけた、本格的な竹馬。

乗れるようになるまで、祖父母は根気よく練習に付き合ってくれました。

何度転んでも、急かすことなく、そばで見守ってくれたことを覚えています。

私は、自分の子どもに、祖父母から教わったことをそのまま受け継がせてはいません。

というよりも、祖父母のように、すべてを一から作る根性も技術もなく、

便利な現代の生活にすっかり甘んじてしまっています。

昔と今では、生き方に対する姿勢が違いますね。

何もない中から何かを生み出していた昔。

生きていくのに必要なものが、生まれたときから当然のようにそろっていて、消費していく今。

豊かになったことは、とても良いことだと思います。

ただ、そこに至るまでに、どれほど多くの人が知恵を出し、工夫を重ね、形にしてきてくれたのか。

その途方もない努力の上に、今の私たちの生活が成り立っていることを、忘れたくないですね。

祖父母から教わったのは、技術だけではなく、

「手をかけること」「待つこと」「工夫すること」の大切さだったのだと、今になって感じています。