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大学と企業の合意形成の流れの違い【University Insight】

2026.01.10 07:37


 University Insightでは大学内の一研究者の視点から,大学をもっと良くするためにはどうすれば良いかを考えていきます.


ここをクリック=NotebookLMによる音声解説,Studio⇒▶の順にクリック.)

 今回は,施策を発案してから実行に至るまでの合意形成・意思決定プロセスについて企業と大学の違いを整理してみたいと思います. なお,どちらが良い・悪いという話ではなく,「文化の違いを可視化すると,このような特徴が見えてくる」という趣旨です. もちろん,企業や大学の組織規模,分野,歴史によって事情は異なると思いますので,本記事はあくまで一つの観測データとしてお読みいただければ幸いです.


 まずは,企業の場合の合意形成について見ていきます.図の上段は企業の場合です.自動車メーカーを例に取ります.図の左には,社長や上位部門からの「方針の浸透段階」があります.たとえば,「もっといいクルマづくりをしよう![1]」などの,どの部門でも理解しやすく,そこから解釈が広がりやすい大方針が出されます.これが担当者レベルまで浸透していき,「じゃあ自分たちは具体的に何をやろうか?」と考えを巡らせることになります.この大方針は具体的すぎず,担当者に考える余白を残すのが良いように感じたことがあります.そして,まずは自部署でいくつもの解決策案を考えます.たとえば,設計部門であれば「軽量化と燃費改善のために高張力鋼板をここに使う」などの具体的な案です.それに基づいて,生産技術部門などの他部門の担当者とも会話をして,うれしさ・背反(メリット・デメリット),できそうか・難しそうか(技術的難易度)を整理していきます.場合によっては,サプライヤや大学等の研究機関とも会話を進め,有効な解決策を絞り込んでいきます.ポイントは発案した担当者が自ら,他部門の担当者レベルと会話(水平な対話)を密に行うということです.担当者は,合っていようが間違っていようが気にすることなく自らの考えを発信しながら会話を進めます.誰も正解を知らない未知の課題に取り組むのですから,合っているかどうかはこの段階では重要ではありません.意見があることが大切です.

 解決策の案が整理できてきたら,課長⇒室長⇒部長とエスカレーションしていきます.このエスカレーションは自動車メーカーであれば設計部門と生産技術部門の両者の中で同時に進んでいきます.その中で,上司だけが知っている情報を入手したり,関係先と接続してもらったりしながら具現化(具体化)していきます.サプライヤに製造ラインを新設するような大型の事業であっても担当者レベルがしっかりとボールを握り続けて責任を持って走り切ります.役員同士の会話をセットするのも担当者がボールを持ち続けながら調整を行います.

 この方式が大学でも成り立つか何度か試してみたことがあります.大学の場合は教員個人が発案した施策であっても,実装されるのは事務組織になることが多く,事務部門との対話は重要です.ところが,どうも担当者レベル同士の会話はかみ合いにくいように感じます.担当者が意見を言ってくれたとしても「個人的意見を言ったことは公言しないでほしい」のような雰囲気になることが多くあります.大学での正式ルートは図のように自部門内でエスカレーションしていき,委員会などの公式な場で上位者同士が会話することで成立するように設計されています.部門を超えた担当者レベル同士での会話を密にはしにくいため,案が柔らかい状態のときに方向性を見極めることも難しい体制です.新しい案を通すにはハードルが高い反面,未熟なアイディアを排除して運営を安定させる仕組みになっていると感じます.また,現場担当者はミスなく業務を遂行することが主目的となっているため,変革に対してのインセンティブが得られにくい仕組みになっています.

 このような企業と大学の違いは,必要なスピードの違いから来るものであると考えられます.企業の場合は,100の開発案件があれば製品に採用されるのはその中のほんの数件です.どんどん失敗して知見を蓄えながらも,より良い製品をスピーディーに市場投入する必要があります.一方で大学の置かれている周囲の環境の変化は緩やかで,様々な施策を試してリソースを使うよりは厳選したものを安定して運用するほうが得策です.

 さて,人口減少は進み,大学はそれぞれの強みを活かすことが求められる時代です.企業型の合意形成法をそのまま大学に持ち込めば良いという話ではありません.大学には大学なりの役割と安定した運営を支えてきた仕組みがあります.その特性を認識した上で,ではどこを動かせばもっといい大学の姿に近づけるのか.自大学の強みは何か?それを活かす方策は何か?駆動力を得るにはどのようなインセンティブが必要か?チャレンジへの心理的安全性はどう確保するか?オープンな議論をどのように展開するか?改めて議論をしてみるのも良いように思っています.


参考資料

[1]https://www.toyota.co.jp/jpn/investors/features/tnga2015/index.html