令和7年12月 今月のことば
8月末から11月末まで3か月間、「天理教教会本部修養科」の講師
(一期講師と呼んでいる)を勤めさせて頂いた。
この修養科を、全国各地だけでなく、遠くはブラジル、ペルー、
フランス、モンゴルからも受講されていた。
特に、今回は、ポルトガル語クラスが8年ぶりに開催され、
ブラジルから20名を超える方々が受講された。
クラスは男子3クラス、女子3クラス、そしてポルトガル語クラスが
男女一緒で1クラスだった。
私は、担任として、女子36名のクラスを受け持った。
ペルーの方が1名おられた。その方は、日本語も少し出来た。
さて、担任として受け持つ授業の一つは、『稿本天理教教祖伝』。
これは、天理教の教祖・中山みき(おやさま)の生い立ちから
現身(うつしみ)をお隠しになるまでを生涯を、史実に基づいてまとめた
唯一の公式伝記である。天理教の信仰実践の基準となる
「ひながた(手本)」をたどるための重要な文献である。
授業では、まず、修養科生と共に声を出して読む。
それから、そこに書かれていることがらについて、講師が解説を加える。
この授業を修養科生と共々に学ばせて頂いた今の率直な気持ちは、
私自身「ひながた」を本当に分かっていたのかということだ。
「ひながたの道を通らねばひながた要らん」「ひながたの道より道無いで」
とのお言葉通り、教祖の「ひながた」に見るご苦労とは、
こんなにも親心がこもった道中だったのかと、今更ながら気づかされたのである。
年祭を目前にしたこの旬に、一期講師として学ばせて頂けたことは、
何と有難いことであったのか。御用にお使い頂いたことに只々感謝である。
それ以外に担当した授業は、2つある。
どちらもグループで分かれて行う授業であった。
我がクラスは、6人ずつのグループに分けて行った。
一つは、「教祖伝ねりあい」でもう一つは「ホームルーム」である。
「教祖伝ねりあい」は、「逸話篇」を取り上げ、ねりあいをする。
「ホームルーム」は、初回は自己紹介、1か月目の終わり、2ヶ月の終わりには、
その月を振り返り、次月への目標を立てるというような内容で、
生徒の皆さんが自分自身を見つめ直す時間であった。
いずれの授業も、グループワークならではの意見交換が出来た。
女子クラスはさすがやり取りが活発だった。グループは、毎月組み直した。
自分の意見を話し、他のメンバーと互いに語り合うことで、
信仰的にも深まり、新しい気づきがある貴重な時間となったと思う。
「ホームルーム」後には、感想文を書いて提出して頂く。
感想文には「おさづけ※の取次ぎをしたい」との目標が、多かった。
それ故か、生徒さん同士で、おさづけを取次ぎする姿を、
毎日のように学校や神殿などで見かけた。
※天理教における「たすけ一条」の実践であり、病む人に取り次いで
身上回復(みじょうかいふく)を願うための大切な儀式です。
また一方で、全員に対して期間中2回以上個人面接を行った。
必ず担任、副担任の2名で行った。1回目は、志願の動機や、
身上事情があれば、そのことについても聞かせて頂いた。
2回目以降は信仰相談もしながら、面接を行った。
相談内容によっては、世話係の先生による対応に加え、必要に応じて
個別に世話係の中のカウンセラーの先生にカウンセリングをお願いした。
更に修養科アドバイザーの先生や直属の教養係、所属教会長の先生方との
面接や相談を重ねて行った。つまり前述のように関係者一同で、
チームとしてその修養科生を導いていく。とても、勉強になった。
一期講師は3ヶ月限定である。修了後は、生徒さんたちは地元へ帰り、
直属や所属教会へ引き次いで丹精していく事が大前提である。
そこへのつなぎがとても重要な責任だと思っている。
修養科生活の仕上げは、将来への大切なつなぎであると感じる。
そのつなぎとは、修養科生さんひとりひとりが「ようぼく」として、
「陽気ぐらし」世界の実現に向けての成人の歩みを続けられるよう
後押しをする事だと感じた。この3か月間に朝夕の神殿そうじなどの
ひのきしんを通して、おぢばに伏せ込んだこと、授業で学んだこと、
また、「布教実修」の経験や教友との語り合いを力として、
どうか自信をもって世界へこの教えについて発信して頂きたい。
修養科修了後、全員がそれぞれの教会につながり教祖から教えて
頂いたこの「おつとめ」を奉仕者として勤めてほしい。
そして迎える教祖140年祭には、お互い更に成人した姿を
教祖にご覧頂けるよう願ってやまない。
教会を留守中に支えてくださったおかげで、修養科生の方々と共に
「おぢば」で学ぶことができた。心より感謝申し上げる。
11月のうちわけ会団参