自宅は誰が相続すべき? 住み続ける安心と将来の売却を両立する考え方(想定例)
自宅は誰が相続すべきか。名義・想い・売却・2次相続の4つの論点を、想定例でひとつの結論にまとめます。
この記事は、「自宅相続7つの視点」を、実務でよく出会う状況をもとにした想定例で具体化したものです。税金・名義・暮らし・将来の売却・2次相続まで、7つの視点をすべて使って、判断の流れを整理しています。 主題は民事信託(家族信託)ではなく、自宅相続の考え方です。民事信託は、状況によって選ぶことがある手段の一つとして登場します。
この記事の内容
・この想定例で使う「7つの視点」
・STEP1 前提を確認する
・STEP2 子どもたちの意向と合意を確認する
・STEP3 数字で検証する ・この判断例の分かれ道
・STEP4 連携して進める、全体の設計
・あわせて読む
・まとめ 「母の安心」と「将来の売却可能性」の両立
この想定例で使う「7つの視点」
下の図は、自宅相続の「7つの視点」を、この想定例のどの段階で使うかに分けて並べたものです。この想定例では、7つをすべて使います。
- 視点①:相続税がかかるか(STEP3)
- 視点②:配偶者の資産・収入(STEP1)
- 視点③:現在の不動産価格(STEP3)
- 視点④:購入価格・建築時期(STEP3)
- 視点⑤:配偶者の終のすみ家か(STEP1)
- 視点⑥:2次相続の方針(STEP3)
- 視点⑦:子どもたちの意向(STEP2)
各章のはじめに、その章で使う視点を書いています。7つの視点を1つずつ解説したページは、こちらです。
STEP1 前提を確認する
この章で使う視点:視点②(配偶者の資産・収入)、視点⑤(配偶者の終のすみ家か)
下の図は、この想定例の前提を、家族構成・相続財産・家族の想いの3つに整理したものです。
- 相続財産(1次相続・目安):自宅(相続税評価)約3,500万円+預金約1,000万円=合計約4,500万
- 家族の想い:妻はできればこの家で暮らしたい。ひとり暮らしが難しくなったら、売って資金にすることも考えたい。妻が亡くなったあとは、娘2人で売って均等に分けたい
まず確認したこと 現状の暮らしは回っている(視点②)
お母様には預金が約1,000万円あり、遺族年金も見込めるため、今の生活は大きくは崩れない前提から検討が始まりました。ただし将来、判断能力の低下や施設入居などが現実になると、まとまった資金が必要になる可能性があります。
家族の想い ここが出発点(視点⑤)
- 妻は、生涯、できればこの家で暮らしたい ただし、ひとり暮らしが難しくなったら、売却して資金にすることも考えたい
- 妻が亡くなったあとは、娘2人で売却し、均等に分けたい
ここから先は、「気持ち」→「名義」→「将来の動かし方」→「数字」の順で整理します。
STEP2 子どもたちの意向と合意を確認する
この章で使う視点:視点⑦(子どもたちの意向を把握しているか) 家族会議のスタートは、こうでした。
「姉妹仲もいいし、相続税もかからないなら、最初から娘が相続した方がいいのでは?」
最終的に売って2人に分けるなら、共有にしておけば平等——そんな流れです。たしかに合理的です。けれど自宅相続は、「今の合理性」で決めると、将来の局面で別の問題が出てきます。
「もし、お母様より先に娘様が亡くなってしまったら——その家の話し合いは、誰とすることになりますか?」
娘様が名義(持分)を持つと、娘様に万一があれば、その持分の相続人(配偶者や子など)も関わることになります。すると、売る・貸す・直すという判断が今より重くなり、お母様の暮らしの安心が揺らぐ可能性があります。家族関係が良いほど、あらかじめ「動ける形」に整えておく意味が大きくなります。
家族の合意 名義は母、ただし将来の売却は止めない
「名義はお母様のまま。けれど、いざという時に売れる形は先に確保しておきたい」
お母様が名義人のままだと、将来、認知症などで判断能力が低下したとき、「売りたいのに売れない」(資産の凍結)という局面が起こり得ます。 この「両立」を実現するために、手段として民事信託を検討することがあります。この想定例では、民事信託を使う前提で整理します。大切なのは信託そのものではなく、「お母様の安心」と「将来の選択肢」を同時に守る設計です。
この例では売却を止めない形を選びましたが、反対に、取得した人に「勝手に売らないでほしい」と求めるご家族もあります。遺産分割協議書に処分の制限を書いたときの効力と、目的に合う方法は、次の記事で整理しています。
遺産分割協議書に「処分には他の相続人の承諾が必要」と書ける?|無断で売却された場合の効力と条項の決め方
STEP3 数字で検証する
方針が固まったら、次は数字で裏付けます。確認に必要な要点を、3つに分けて整理します。
検証1 1次相続の相続税 かかる?かからない?(視点①)
1次相続の財産は約4,500万円。相続人は3人なので、基礎控除は4,800万円です。財産がその範囲に収まるので、1次相続は、誰が取得しても相続税はかからない前提です。特例を使わなくても基礎控除の範囲内なので、相続税の申告も必要ない見込みです。評価や債務の控除などで変わることがあります。
検証2 将来売ったときの税金 カギは「購入価格の根拠」(視点③④)
今回の検証で大きかったのは、ここです。お母様に古い資料(購入時の売買契約書)を探していただき、購入価格が8,000万円だったことが確認できました。一方、現在の売却予想価格は約5,000万円。つまり、売却価格が購入価格を下回る見通しです。
売却価格(約5,000万円)が購入価格(8,000万円)を下回る見通しなら、売却益が出にくく、売却時の税金(譲渡所得税)が生じにくい可能性が高いと判断できます。
なお、建物の部分は、年数がたつほど取得費が減っていきます(減価償却)。購入価格より安く売っても、土地と建物の内訳しだいでは売却益が出ることがあるので、内訳まで確かめておくと安心です。 この確認ができたことで、「いざという時に売れる形(民事信託)」を選ぶうえでの税金上の不安が小さくなり、安心して売却への道筋を確保できました。 購入時の根拠が見つからない場合は、取得費が売却価格の5%しか認められません(概算取得費)。この例で5,000万円で売ると、売却にかかる費用を差し引いても、譲渡所得税などが約925万円になることがあります(目安。税率・所有期間・費用の扱いで変わります)。 ただし、この約925万円は、居住用財産の3,000万円特別控除などを使わない場合の目安です。お母様が住んでいる家を売る場合(住まなくなってから3年目の年末までの売却を含みます)は、この控除を使える可能性があり、税額はずっと小さくなります。民事信託にしていても、使える可能性があります。一方、お母様が亡くなったあとに娘様たちが売る場合は、この控除は使えません。 契約書が見つからないときは、次のような資料に手がかりが残っていることがあります。
- 住宅ローンの資料
- 通帳の大きな出金記録
- 火災保険の書類
- 当時のパンフレット
購入価格の根拠は、意外なところに残っていることがあります。
検証3 2次相続 「自宅のまま」か「売却して現金化」か(視点⑥)
お母様が亡くなった場合、相続人は娘2人で、基礎控除は4,200万円になります。2つのパターンで考えます。
- 自宅を持ち続けた場合:預金が大きく減らず、不動産もおおむね今のまま推移するなら、小規模宅地等の特例の要件を満たす分け方ができれば、相続税がかからない形に整理できる可能性があります
- 売却して現金化した場合:売って現金が増えると、相続財産が膨らみやすく、相続税が生じることがあります。税理士と連携しながら、生命保険の活用や生前贈与も含めて、負担が重くなりすぎない見通しを立てます
生命保険は、2つの役割に分けて整理します。
- 非課税枠の確保:受取人と金額を設計する
- 納税資金の目安を立てる:いざという時の現金を確保する
2次相続は、「売却して現金が増えるか」を見据え、保険・贈与も含めて整えることで、税負担が重くなりすぎない形を目指せます。
特例の可否や、保険・贈与の設計は、家族の状況や資産の推移で変わります。税務は税理士と連携して確認します。
この判断例の分かれ道
下の図は、この例の分かれ道を1枚にしたものです。状況、分かれ目、2つの道、決め手の順に並べています。
- 状況:相続人は80代のお母様と娘2人。財産は自宅と預金で約4,500万円、相続税はかからない。お母様は住み続けたいが、暮らしが難しくなったら売って資金にしたい
- 分かれ目:相続税がかからないなら、最初から娘の名義でよいか
- 最初から娘2人の共有にする場合:いずれ売って分けるなら平等に見える。けれど娘様に万一があると、その相続人も売却の話し合いに加わり、お母様の暮らしの安心が揺らぐ
- 名義はお母様、民事信託で売れる形にする場合:お母様が住み続ける安心を先に置き、認知症になっても受託者が売却できる。信託はお母様の死亡で終わり、娘2人で均等に分ける。この例の答えは、こちらです
本当に詰まるのは、名義を決める時点では、お母様がいつ暮らしを変えるのか、娘様たちに何が起きるのかが分からないことです。分かれ目は、「今の合理性」で名義を決めるか、先の局面まで見て「動ける形」を先に作るか。この例では、購入価格の根拠が見つかり、売却益が出にくい見通しだったことが決め手になりました。信託にしても、売るときの税金の不安が小さかったからです。 信託にした自宅は、相続のあとに空き家として売るとき、空き家特例(被相続人居住用家屋の3,000万円特別控除)が使えません。売却益が出る見込みの家では、この点も比べてから選びます。 ほかのご家族がどう決めたか、そして自分たちは何を決める必要があるかは、次の2つのページに整理しています。
STEP4 連携して進める、全体の設計
相続は、税金の計算だけで結論が出る話ではありません。名義、権限、将来の売却、判断能力の低下による凍結のリスク、家族の合意——論点が複数に広がります。 税務の確認は税理士と連携しながら、私は暮らしと想いが迷子にならないよう、全体を設計して進めます。 下の図は、この想定例を、司法書士・税理士・不動産会社・保険の専門家が連携して進める全体の設計を1枚にしたものです。
- 司法書士:全体の設計と進行。名義・民事信託・遺言の手続き
- 税理士:相続税と、売るときの譲渡所得税の確認
- 不動産会社:売れる物件であることの確認と、売却価格の見立て
- 保険の専門家:非課税枠と納税資金の設計
あわせて読む
自宅の相続を「事実をそろえる」ところから整理した記事、民事信託や名義の選び方で結果が分かれた2つの判断例、認知症への備えを比べた記事です。
自宅をめぐる相続の考え方|住み続けたい気持ちと公平感をどう両立させるか
民事信託の契約を解約した例|空き家特例と譲渡税を見据えて、遺言による承継へ
相続登記を子名義にしたら、譲渡税が増えた|自宅売却と3,000万円特別控除の落とし穴
自宅の認知症対策|遺言・贈与・信託・任意後見・成年後見を「比較して選ぶ」
まとめ 「母の安心」と「将来の売却可能性」の両立
今回の想定例では、「最初から娘様たちに名義を移す」という選択肢を、あえて採りませんでした。名義を早めに移すことが税金上の効果につながる場面もありますし、ほかのご家族ではその方針がいちばん合うケースも少なくありません。 ただ今回は、結論が違いました。最優先だったのは、お母様が住み続けたいという想いを守りながら、「必要なときにお母様の資産として現金化できる状態」を確保することでした。 そしてその方針が税負担の増加につながらないよう、税理士・不動産会社と連携し、生命保険の活用と生前贈与の考え方も含めて、全体のバランスを調整しました。
この想定例でお伝えした「判断の型」3つ
- 名義だけで決めない:暮らし・想いの安心を先に置く
- いざという時に売れる形を先に確保する:将来の動きやすさ
- 2次相続までの数字で裏付ける:税負担が重くなりすぎない調整
今回の結論(方針)
7つの視点を踏まえ、配偶者の経済的・精神的な安定を最優先にしながら、将来の相続税対策と円滑な資産承継を実現する、包括的な対策を講じます。
- 配偶者が自宅を所有する:経済的・精神的な安心を最優先にする
- 売れる物件であることを確認する:その状態を確保しておく
- 民事信託の契約を結ぶ:お母様が認知症などになっても「売れる状態」を保つ。信託はお母様の死亡で終わり、娘2人で均等に分ける想定。今回は「購入価格の根拠が確認でき、売却益が出にくい見通し」であることが判断材料になりました
- 2次相続の相続税対策:生活資金の確保、生命保険の活用、生前贈与の活用を含めて整える
信託で認知症のリスクに備えながら、お母様の暮らしの質を保ち、できるだけ税の負担を抑えて、次の世代へ円滑に引き継ぐ。その総合的な対策を、ご家族とともに考えたことが、この想定例のいちばんのポイントです。
相続は、法や税の「正解」だけで決まるものではありません。法と税と、暮らしと想いを一つの結論にまとめる。その総合判断の大切さを、少しでも感じていただければ幸いです。 この想定例は、あくまで一つの型です。税額・特例の可否・売却の条件などで、結論は変わります。自宅相続はご家庭ごとに前提が違うので、まず「自宅相続7つの視点」で論点を整理してから、名義・売却のしやすさ・2次相続までを一つの結論にまとめます。税務・売却・保険が関係する場合は、必要に応じて税理士・不動産会社・保険の専門家と連携します(費用が別にかかる場合があります)。初回のご相談は無料です。