【YouTube】STAY GOLD -THE MOVIE- 教室から始まった二人旅(ゆうき。)
2000年に結成した同じ中学のクラスメイトで同級生の二人組「ゆうき。」
2000年から2009年まで活動し、解散。
その後、2022年に再結成してから2026年まで活動。
2026年をもって活動終了。
そんな二人の音楽活動・・・いや、半生を描いた最後の力作、
STAY GOLD -THE MOVIE-
2026年2月1日YouTube公開
時は2000年。初めてギターで遊んだ日から二人の歴史は始まった。
カセットテープレコーダーに演奏を録音して、二人でそれを聴くことを楽しみとしたYOSHINORIとSARUは「ゆうき。」と名乗る様になった。
2003年にはライブハウス初出演。そこから、ゆうき。の記録が存在する。
携帯電話が世に広まり始め、着メロが流行った時代。
テレビは音楽番組やバラエティ番組の全盛期。
「負けないで」「頑張れ」「1位になれ」そう教育されてきた僕たちに「ナンバーワンにならなくてもいい」と世の中が言い始めた時代。ミレニアム時代初期。
ノストラダムスの予言が噂になったり、モーニング娘。の曲が毎日の様に聴こえる様な時代。
そんな世の中の変化なんて感じることもないままに、学校、部活、音楽、恋愛と、食う・寝る時間以外はフル稼働していた若かりしエネルギー溢れる自分。
風呂に入ることよりも、作曲に時間を割いていた日々。
恋愛に夢中で修学旅行帰りに夜中まで遊び歩いていて行方不明扱いになり、危うく警察沙汰になる直前で帰宅後に親に平手うちされたヤンチャな自分。
帰宅したら食事まで辿り着かず、果てた様にフローリングで気絶した日々。
ボロボロのジーンズやダボダボのソックスとミニスカが大ブームだった時代。
ブタメンとかき氷を交互にローテーションして駄菓子屋に居座った時代。
コロちゃんコロッケで初めて、甘いミルクコロッケとやらを知って買い食いに目覚めた時代。
ザバスのベースボールプロテインが野球専用の特別サプリと信じ込んでいた時代。
着メロが和音になって興奮していたら、あっという間に伴奏までついたメロディがでてきてすごい速さで携帯電話が進化した時代。
高校の始業式にいったら8割が金髪で、坊主の自分が逆に「あいつヤベーぞ」と囁かれた時代。
腰パンが流行っていたけど、単に親が「どうせ身長伸びるから」って大きめの制服にした結果、入学初日に腰パン坊主になり、入学式後の教室に3年生が入ってきて「調子のんなよ」って何もしてない自分がソッコー目をつけられた時代。
先輩が眉毛を整えてきただけで、部活の顧問が髪の毛を掴んでぶん回した時代。
駅の張り紙は「薬物ダメ絶対」「いじめダメ」「心の相談」「自殺ダメ絶対」などが乱立していて、キラキラした様に見えていたテレビの反面、一方で現実には闇も深かった時代。
通学路に物乞いをするホームレスがいたり、ズタボロのスーツを着てコンビニの前で酒片手に自暴自棄になったおじさんが泣いていた時代。
そんな時代に僕らは毎週駅で歌を歌っていた。
そこから、始まった2026年まで続くとは夢にも思っていなかった二人のストーリー。
いや、もはや途中10年間は一人のストーリーなのだが、結果的に呼び戻して、最終的には二人のストーリー。
そんなこんなも含めた「STAY GOLD -THE MOVIE- 教室から始まった二人旅」なのです!
こんな特番みたいな半ドキュメンタリー動画はなかなか個人では作れないのではないか?と思います。
大体、携帯電話を持っていなかった時代から、動画で昔の自分の姿がこんなにも残っていることなんて、あまりないことでしょう。
良紀には見えていました。
自分が中高年と呼ばれる年齢になって、いよいよ夢は夢のまま終わろうとする時に「必要なもの」それは思い出なんだってこと。友なんだってこと。
なんだかんだで、中学生の頃に掲げたいくつかの夢の一部は、セルフプロデュースという形で自力で叶えてきました。だから夢を夢のまま眺めていたつもりはないっす。
俺の辞書に諦めるなんて言葉はねぇ。 からよ。
無理矢理にでも形にするんだよ。
できるか、できないかじゃねぇ、やるんだよ。
それでも、届かないものって人生にはたくさんあるんだ。それを教えてくれたのは音楽だった。努力だけじゃどうにもならないこと、大人になって初めて広い視野で世の中を見れるようになってきて、やっと理解するんだ。
この世界には大きな力が働いている。大きな流れや大きな組織、環境、才能、いろんなことが実は相互に働きあって、機能しているんだってことさ。
だからこそ、令和の時代に夢を持った人に言えることがある。
現代はテクノロジーでツールが溢れている。有名になれるかとか、そういうのは自力ではどうにもならないこともあるけど、形にすることは自分の努力次第で可能な時代になった。
夢を持つ人が増えて欲しい。希望を持つ人が増えて欲しい。愛のタスキを繋いでほしい。
そんな時代になってほしい。そんな国であってほしい。
夢を、愛を、何よりも大切にしてほしい。綺麗事かもしれないが、綺麗な事が今、必要だと思う。特にステージに上がる人間にはそういう部分を持っていてほしい。
上っ面のカッコ良さじゃなくて、純粋に没頭した中で七転八倒しながらも、自分の轍ができることを誇れる世の中になってほしい。
奪い合うことじゃなくて、与えることでもなくて、分かち合う事で平和を築いて欲しい。
他人から見られたカッコ良さじゃなくて、自分の中にあるカッコ良いを貫いてほしい。
強さを誇示するための拳(こぶし)じゃなくて、誰かを守るための掌(てのひら)であってほしい。
変に時代に媚を売って奇抜を気取らないでほしい。
人と違う事がカッコ良いのではなくて、人と同じとか違うとかそんなことではなくてナチュラルな自分を素直に愛してほしい。
あの日、憧れた大人に今、俺はなっているだろうか?
そんな問いは大人になってから、フッとした時に自分を苦しめたりもする。
大人になると、お金、見た目、年齢、職業で目に見えて周りの態度は変わってしまう。
でも、人生は人それぞれ。
スピードやステージは異なるけれど、皆遠くからみたら同じ様なもんだ。
ブラジルの人から見たら、よくわかんない仕事をしている、よくわかんない名前の、よく似た顔のアジア人だろう。
宇宙からみたら、、、いや、恐らく見えることさえないだろう。
今、インターネットが遮断されたら俺たちには何があるだろうか?
AIが何もかもを回し始めたら俺たちには何があるだろうか?
当たり前だけど、俺たちにあるのは「感じることができる」という生き物としての「心」だ。そして、生きている限りは「温もり」がある。
あの日、同じ教室で、同じ時間を過ごした。
俺たちはまだ、その続きに立っている。
歩んできたオリジナルの道のり。
それこそが、すべてだ。
ゆうき。 YOSHINORI