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カイゼンを研究・教育力向上の主役に ―トヨタ生産方式から見る大学―【University Insight】

2026.01.13 00:36

 University Insightでは大学内の一研究者の視点から,大学をもっと良くするためにはどうすれば良いかを考えていきます.


ここをクリック=NotebookLMによる音声解説,Studio⇒▶の順にクリック.)


 3M(ムリ・ムダ・ムラ)はトヨタ生産方式(TPS)における基本思想の一つです.ムリは作業者や設備に過剰な負担をかけること.ムダは付加価値を生まない作業や資源の浪費を指します.ムラは作業や生産量にばらつきや不均一がある状態を意味します.もし,この3Mを放置すれば,生産性の低下,品質の低下,コストの増加,従業員の離職・モチベーション低下などが生じます.

 たとえば,金属3Dプリンターで月産10万個の量産部品を造り,プレス成形ラインで月に10個の試作部品を造ったとしたら,それはムリムダです.


 この3M(ムリ・ムダ・ムラ)の削減は生産機械だけではなく人にも当てはまります.例えば,自動車メーカーは,設計者が設計に集中できる環境を創ることで設計効率を高めています.設計者には他部署やサプライヤとのコミュニケーションを任せ,派遣社員や若手社員には作図を任せます.私が机に座ってCADばかりいじっていると「お前の仕事はそれではない!」「図面を携え足で情報を稼げ!」とよく言われたものです.鉄鋼メーカーであれば,研究者は研究開発方針のデザイン,実験方案の作成,データの解釈,客先や社内向けのプレゼン,学会発表や論文投稿を担い,試作試験や測定作業は現場オペレーターや分析担当者を信じて任せます.

 専門性を生かした仕事内容に集中することで,効率と専門性を高めていきます.


 大学に目を向けてみます.研究者(教員)は,新しい問いを構想し,意味や価値を見出し,実証し言語化するトレーニングを若いころから積み上げています.学問を発展させ,次世代を育成することがミッションです.一方,職員は制度を確実に動かし続けることに強みを持ち,それを創意工夫によって効率化するスキルを持っています.即ち,まったく異なるトレーニングを積み,まったく異なる得意分野を持つ職種が協力しあいアウトプット(教育・研究・社内貢献)を出して行こう[1]とする組織が大学です.

 ここで大学の組織と業務分担を見ていきます.図1を見てください.自分に近い部分は解像度が高く,遠い部分は解像度が低いことはご容赦いただければと思います.議論をはじめるためのたたき台です.


図1 現状の組織と業務範囲(ブロックは業務内容,枠線は各職種の担当範囲を示します)

 大学には大きく分けて,得意分野が異なる3つの職種が共存しています.研究者事務職員は先に説明した通りです.それに加えて,高度専門職員という職種があります.これは,一般企業の総合職に最も近い職種であると私は捉えています.高い創造性を発揮して,未知の課題にチャレンジできる力を持った職員です.この記事での主役がこの高度専門職員です.

 黄色・水色・赤色の枠はそれぞれ,高度専門職員・事務職員・研究者の職種の担当範囲を示しています.組織の分かれ目と職種の分かれ目が,ほぼ一致していることが分かります.一部,事務組織と教員組織の両方を見る横串機能としてプロボストという役職があり,これは研究者(教員)が担います.権限を持ちますが,企業でいうところの期限付きでの他部署出向に近い仕組みであると感じます.専門性を失わずに研究・教育に戻ることを前提としています.

 高度専門職のメンバーは,契約や知財,大学の研究力指標の分析,産学連携イベントの企画といった,研究推進や社会還元に関する業務を担っています.これらの業務は研究をブーストする,前向きな仕事です.

図2 改善案(職種と業務内容をマッチさせて,効率を最大化)

 ここで,3Mの放置は無いでしょうか.図2は,業務内容を,組織ではなく,3職種の職種の適正によって分けた改善案を示しています.見ていくと3か所のムリとムダが見えてきます.1つは事務組織の中でのカイゼン活動です.事務職員は日々の制度運用で手一杯になりやすく,構造的に3Mの可視化やワークフローの見直しまで手が回りにくい場合が多いのではないでしょうか.また,業務の負荷や責任配分に関する組織内や事務上位組織との利害が絡むため,組織内のみでは調整が難しい場合もあるでしょう.そこを高度専門職が主業務の一つとして担います.横串機能的・自動車設計者的立ち位置です.

 高度専門職は,事務・教員間を縦横無尽に動き,足で情報を稼ぎ(3現主義[2]),3Mを掘り起こしていきます.まさに自動車メーカーの設計者の基本動作です.研究・教育力の向上のためには,研究力をブーストする前向きな取り組みと同時に,研究力を低下させる要因の低減や無害化も実際には有効です.前向きの取り組みは「やったこと」が目に見えやすく評価も受けやすい一方で,3Mの削減は地道な「カイゼン」活動です.ここに光が当たるような評価制度の構築が必要であろうと思います.トヨタ生産方式(TPS)が成功した背景には,このような地道な活動に「カイゼン」という名前をつけて主役にしたことがあると私は思っています.

 事務組織内でカイゼンが進み,事務業務が効率化してくると,余裕が生まれます.生まれた余裕で学科や専攻内に存在し,研究者が担当している事務的業務(手順に基づいた事務作業)を担当できるようになります.研究者が持つ2か所のムダとムリを削減します.その結果,記事で紹介したように「大学のアウトプット」を高めることが可能になります.成果に直結して,かつ教職員の全てから感謝される,非常にやりがいのある仕事になるはずです.


 私が研究室での教育で心がけていることがあります.「次はパラメータAを10,15,20と振って調べてみては?」などという即物的な助言をしないということです.その助言をした瞬間,学生は霧が晴れたように嬉しい顔をするので,ついそうしたくなります.しかし,結果が出るのに時間がかかったとしても,パラメータはどのように考えて振るべきか?の「考え方」を伝えたほうが「目的と目標」を共有したほうが,学生は将来にわたってそれを活用できるようになります.

 「ムダな書類のリスト」「ムダなワークフローのリスト」のような具体的な議論もある時点では必要かもしれません.しかし,その前に「考え方」が分かりやすい言葉で表現されていることが必要ではないかと思います.大学版トヨタ生産方式(U-TPS)を考えていくのも良いような気がしています.

 もし,ご興味のある方が学内外問わずいらっしゃれば,U-TPSの構築をご一緒に取り組ませていただきます.それが,人口減少が進む中であっても,「この大学で学びたい」「この大学で研究がしたい」と受験生から支持され続ける,一つの駆動力になると私は考えています.


参考資料

[1]カレッジ制導入,https://www.tokainewspress.com/contents.php?i=2100
[2]NRI:用語解説 三現主義,https://www.nri.com/jp/knowledge/glossary/3rp.html