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真宗大谷派 霊苔山 金相寺

掲示伝道(1月no2)

2026.01.15 22:00

「われひと共に自由と平等を 

  共に生きようという願いこそが人間の根本の願い」和田稠師


 私の願いとは何でしょうか? お金持ちになること、偉くなること、若くて健康でいられること等々、いろいろあるかもしれません。でも、それが満たされれば私たちは本当に幸せになることができるのでしょうか? 本当に生き生きと生きていくことができるのでしょうか。

 阿弥陀さまの願いを本願と言います。これは『大無量寿経』という経典に説かれていますが、「あらゆるものをみな平等に救いとげたい」との願いです。

 この阿弥陀さまの本願は、私たちの日頃の思いからは出てこない願いではないでしょうか。私たちはいつでも、他と自分を比べ、自分が良ければいいと思って生きています。好きな人とは一緒にいたいが、嫌いな人とは離れたい。しかし、それは私の思いが作っている願いであって、いのちそのものの願いではないと仏さまは教えてくださるのです。

 私を生かしているこのいのちの根本の願いこそが阿弥陀さまの本願であり、それを和田稠先生は「われひと共に自由と平等を 共に生きようという願いこそが人間の根本の願い」とおっしゃっておられるのでしょう。この願いは「いつ・どこ・誰」においても通じる普遍の願いなのです。

 私たちの思いの中にも、そう思えるときもあるかもしれませんが、それは条件次第で変わってしまうようなものです。

 インターネットが普及し、人間関係が希薄になり生きづらさを感じざるを得ない時代、争いによって多くのいのちがいまこの瞬間も奪われている辛く悲しい現代を生きる私たちは、今こそ、阿弥陀さまの願いに、いのちの声に耳を傾けなければならないのではないでしょうか。