まちの薬局つれづれ日記 白澤薬局(兵庫県)vol.11
日常の中で感じるあんなこと、こんなこと。class A 薬局の仲間で、白澤薬局段上店(兵庫県西宮市)薬剤師の金光伴訓さんがお届けします。
『エピクロスの処方箋』
ふと思い立ってボールペンを取り、傍らにあった紙に一気に人を描く。
「どう?」
側に立っている従業員に見せると、マスクをした目が笑っている。
「グフッ…。似てる。」
時々急に似顔絵を描きたくなる。対象はその時気になった人。小学校時代に絵画教室に通い、絵を学んだ。デッサンは好きなのだが、着色のセンスがない。それが理由で途中でやめてしまった。
「なんや、このおっさん。」
歩道を歩く私の前をゆく自転車のスピードが、恐ろしく遅い。抜き去った後、漕ぐ老人の顔を見て驚いた。
「先生やないですか!何、この速さ!ようこけ(転倒)ませんね。」
「あ、金光君。そうか、そんなに遅いか。歩くのがしんどくてね。」
老人は、かつて私が教わった絵の先生。数年前にパーキンソン病と診断されていた。
あれから5年。
その間に先生の症状は進行し、夜中に自宅トイレで立てなくなったり…
せん妄が生じて、私を知らない男と思って騒いでいると、奥様から電話があったり…
その度に自宅に訪れて対応していたが、今は介護付き高齢者住宅に居を移し、医師の往診も受けるようになった。薬は届けてもいいのだが、近隣なので歩いて来てと、先生にはあえてそう話している。
先日『エピクロスの処方箋』と題する本が発刊された。以前紹介した『スピノザの診察室』の続編で、大学でも舌を巻くほどの卓越した内視鏡技術を持ちながら、市井の病院で在宅医療もこなす医師の物語だ。
主人公は問う。医療技術の進歩に伴って、確かに多くの命が救われてきた。しかしどれほど進歩しても、救えない命は救えない。限られた時間しか残されていない人たちに、医療は何ができるのかと。
そして語る。大切なのは、目の前の人たちが今を笑顔で過ごせるようにすることだ。薬や手技で状態が改善しても、人を救えるのは医療ではない。真摯に向き合おうとする人なのだと。
先生が雨の中を歩いている。奥様も付き添って歩いている。その後ろ姿を見送りながら、薬剤師にできることは何なのかと、自分に問いかける。
text by 金光伴訓(かなみつ・とものり)
経済学部社会政策科卒。一般企業企画開発室を経て、薬学部へ社会人入学。在宅医療に取り組む中、社会福祉審議会で福祉医療計画策定に取り組んでいる。趣味は、映画・演劇・落語からラグビー・合気道と幅広い。