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地域探訪・首里:官松嶺記

2026.01.18 09:34

那覇から首里への坂道に石碑がある。(路線バス停・ホテル前)

はてな?が解けた。

石碑は、琉球王・第二尚氏王統・尚真王が数千の松の苗を植えさせた丘に建つ。

名称:官松嶺(俗称「下・シムナチジナームイ」)は、万歳嶺(俗称「上 (ウィー)ナチジナームイ」、現観音堂)の西方に続く均整のとれた小高い丘で、かつては眺望の良い景勝の地であった。1497年、時の国王尚真(しょうしん)がこの丘に数千株の松の苗を植えさせ、頂上に「官松嶺記」の碑を建立。以来この丘を官松嶺と称した。その後、1914年首里・那覇間の電車開通により、官松嶺の北側斜面沿いに軌道が敷設された。沖縄戦(1945年)の後、官松嶺の頂上付近は削られて民家となり、南側にホテルが建設された。1933年に廃止された電車の軌道跡も、道路拡張の際に組み入れられ現在の県道となっている。また、沖縄戦で破壊された「官松嶺記」の碑は、残欠(上半分)が沖縄県立博物館に保存されている。なお、官松嶺の南側、ホテルの駐車場付近に、王国時代の美女伝説が残る湧泉「松川樋川(マチガーヒージャー)」がある。情報引用元:那覇市歴史博物館

     写真:官松嶺記の石碑/2026・1・17・カメラ熊谷