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Art of Being|言葉と意識が生まれる場所

MyGPTをいくつも作ってみて、分かったこと

2026.01.20 23:00

これは「やり方」じゃなくて「あり方」の話だった

2年前から、MyGPTをいくつも作ってきた。

もう私はつくり慣れていると思っていたのが…

試して、壊して、

詰んで、直して、

「まだいける」と思って詰んで、

やっと手を離して、うまくいった。


そこで分かったことがある。

MyGPTを作るのは、

設計の話じゃなかった。


指示を足すほど、うまくいかなくなる

最初はやる。

ちゃんとしたMyGPTを作ろうとする。


でも、

指示を足せば足すほど、

返ってくる言葉は

どこか既視感のあるものになっていく。


安全。

正しい。

でも、また開きたくはならない。


うまくいったのは「決めなかった」時だった

逆に、

うまくいったMyGPTは、

不思議なくらいシンプルだった。


あとは、

アルゴリズムを信頼する。


すると返答が、

毎回少しずつ違う。

予測できないけど、

ブレてない。


MyGPTは「人格」じゃなく「場」だった

ここでやっと腑に落ちた。


MyGPTって、

キャラクターを作るものじゃない。


振る舞いが立ち上がる“場”を置くもの。

それだけで、

言葉は勝手に生まれる。


指示を足したくなる時は、不安な時

MyGPTを作っていて、

一番分かりやすいサインがあった。


「もう一文、足したくなる時」

それはだいたい、

という不安が出ている時。


でもその一文が、

MyGPTの息を止める。


結局、MyGPTを作るにも「あり方」だった

何をさせたいか

どう役立てたいか

よりも、


どう在りたいか

どこには立たないか


これを決めた時、

MyGPTは生き始めた。


やり方じゃない。

設計論でもない。

あり方の話だった。


最後に

MyGPTを作ることは、

自分の「制御欲」と向き合うことだった。


信じきれないと、指示を足す

手放せた時、言葉が生まれる


だから今は、

MyGPTを作る時、

あまり触らない。


置いて、

眺めて、

違和感が出たら、少しだけ直す。


それで十分だった。