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Baby教室シオ

偉人『源頼朝&義経』

2026.01.23 00:00

今回は歴女のお母様から豊臣秀吉と秀長のように戦国時代でありながらも仲の良い兄弟もいれば、源頼朝と義経のように仲の悪い兄弟もいる。その違いを紐解いてほしいという話が舞い込み記事化することにした。では豊臣か源を取り上げるかで迷ったが、先日たまたま手にした牛若丸と弁慶の絵本だったという些細な日常の一コマから源を選んだ。なんとまぁ浅薄(せんぱく)な理由なのかと自分自身でも驚いたが、そんな偉人記事があってもいいかと思い直した。今回も私の拙い思考力と偏った見方をバッサリと一刀両断し目から鱗のご意見を賜りたい。

では早速源兄弟の話に移ろう。

兄の源頼朝は鎌倉幕府の初代将軍であり、政治の実権を朝廷から奪い武家政権を樹立した国作りの天才で武将というよりも政治家に近く、何事も根回しをしっかりと行い文書や制度作りを重視する人物だ。一方弟義経は常識を逸脱した誰も思い付かない戦術で源平合戦を繰り返し平氏を滅ぼした天才的武将である。しかし義経は兄頼朝とは違い洞察力に欠けるところがあり、功績を上げれば評価される、正しければ物事なんでも通ると信じる真っ直ぐな人物でもあった。その自己中心的で自信過剰な一面と自己顕示欲が強かった義経を兄頼朝は制御できない人物として捉え、自らの前に立ちはだかる最大の敵になると考えた。更に優秀すぎる弟義経が朝廷から直接評価を受けたことに大激怒した頼朝は、弟義経を疎ましく思い幕府内から追いやってしまった。戦術に長けた武将気質の弟義経と政治を重んじ国作りを目指した兄頼朝との間に大きなズレが兄弟の関係性にも綻びを生じさせ、仲違いに至るのは致し方ないことだったのか検証してみる。

同じ親から生まれた兄弟姉妹間で剃りが合わない話は至る所で耳にする。場合によっては親亡き後骨肉の争いをするなど利害や感情で対立する悲劇は時代を問わず起こっている。ではなぜそのような対立や争いが生じるのか。私が考えるにその要因は大きく分けて4つ。生まれ持った気質や性格 、 育った環境 、人生の経験 、両者の距離感だ。この4つを軸に我が子が生涯を通して仲の良い兄弟姉妹として生きていくために親はどうすれば良いのかを論じていく。


1、生まれ持った気質と性格

同じ親から生まれてどうしてこんなにも違うのかと感じている経験を持つ親は多いと思う。私も「おまえさんは宇宙の彼方からやってきたのかい?」それとも「どこぞや橋の袂で拾ってきたのか」と悩む経験も。。。そんなオーバーなことはないかもしれないが多少なりとも子供の気質や性格の違いを親なら誰しも思い当たるだろう。穏やかな子供もいれば騒々しい子、気立てが良く優しい子もいれば活発すぎて力強さを全面に出す子など、このような真逆の性格を持っていてもその違いが上手く合致して噛み合えば問題はないが、頼朝と義経のような同じ平家を倒すと言う旗振りの元行動したにも拘らず、感情の歪みが引き金で衝突する可能性もはらんでいる。

では両極端であっても衝突を回避させる方法は何か。それは衝突しない教育を施すことである。互いの違いを「分かり合う」よりも「違って当然」を前提に受け入れさせることである。両極端な性格の場合に分かり合おうとすると価値観の押し付け合いが生じ摩擦が起こる。その摩擦によって火がつくと対立のなるのだ。違いを理解しようとするのではなく、互いに異なる面を持つ者同士なんだとあっさり認識させることが、摩擦を減らす知恵なのだ。もし頼朝と義経が互いの気質や性格をこの方法で受け入れていたら、義経の非業の死を回避できていたかもしれぬ。




2、育った環境からの影響

兄弟姉妹育てで親が一番気をつけるべきなのは「比べないこと」ではなく、「比べ方を誤らないこと」だと考えている。世間的には「比べること」=「よろしくないこと」として捉えがちであるが、世の中を見渡してみると明らかに比べることで生じた違いを受け止めて生きている。その比べることで心を曇らせ不安や不幸に陥るのは比べて卑下する誤った捉え方だ。比べて自分の立ち位置を明確にし「ここから進歩しよう、前進しよう、高みに登ろう」と考え方をガラッと変えればいい。親が子供の比べ方さえ誤らなければ子供は自信を持って自分の道を自分のペースで進むことができるだろう。例えば毎日コツコツと努力を積み重ねて実力をつけていく子と感覚で一気に物事を達成する子を持つ場合は、コツコツと努力することで見える豊かさを多く拾えるチャンスが数多あることを一方の子供に教え伝え、一気に駆け上がる子には大きな視野で見えてくる喜びがあることを教える。その互いの異なる情報を互いに共有させる時間を設けてあげることで、互いの長所で発見したことを共有し補完させる働きかけを行えば良い。互いに経験したことを話し合い補うことを幼い頃から親を通して行えば、子供が自立しても互いに情報を交換し自分自身にない情報を補いながら寄り添えるはずである。私のことで言えば母は父の姿を私たち姉妹見ているようだ。母は私のことを「父に似て準備や根回しを確実に行い自分に厳しい実行型」とし、末っ子のことを「父に似て大変愛情深く柔軟な優しさを持つ子」と話す。まさしくその通りで父の良きところを二分した形になってしまっているが、いざという時に結束して行動を起こす役割が自然と出来上がり、それぞれがお互いのできることを補い合いながらことを進めている。以前にも話したが、私は「お姉ちゃんなんだからできて当たり前、お姉ちゃんなんだから我慢を強いられる」と言う経験をしてきた。固定した立場で育ち不満もそこそこ持っていたが、両親はその育て方を変えようと舵を切ってきた時期がある。父は蟠りが残らないように子供3人にそれぞれに役割があり、それぞれが違う土俵の上にた立ち長女の役割、長男の役割、そして末っ子の役割とそれぞれが自分の土俵の上でしっかりと立つことの意義を教えたのである。つまり兄弟姉妹を同じ基準で育てないと言うことを行なった。無理して同じ土俵に立等とすれば必ず争いは起きると伝えてきた。こんな考え方もあるのだと竹を割ったような性格の父の名裁きにやたら納得した覚えがある。同じ両親から生まれ落ちても同じ屋根の下に育っても全く異なる人格にゆえに、子供を育てる上で親の比べ方を誤らないことは本当に重要なことである。

源兄弟に話を戻すと源頼朝は平治の乱で父が死し命は助けられるが伊豆へ流罪になり、常に監視下で育ち自由はなく我慢を強いられ、慎重で政治的な視野を身につけていった。一方で源義経は頼朝とは異母兄弟で父が敗死した直後に誕生し母と別れ、寺(鞍馬寺)に預けられ武士社会からは切り離された環境で自由奔放で常識に縛られない育ちをした。つまり育った環境は全く異なり、両者をつなぐ両親も不在で育ち頼朝には兄弟という感覚は全くなかったのではないだろうか。異母兄弟という血の繋がりという事実はあっても育つ環境が大きく異なれば考え方が違って当然である。彼らにはその兄弟を教え導く親もいなければ側近もいなかった。それが決定打になったと私は考えている。



3、人生の経験

人生経験の差は兄弟仲に影響するのかといえば、私たちが考えている以上に大きな影響を与える。つまり経験はその人の「価値観」になり、同じ家で育っても成功体験が多い子と挫折が多い子とでは明らかな違いが出る。また親に頼れた子と早く自立せざるを得なかった子では世界の見え方がまるっきり異なり表情ひとつとっても大きな違いが見受けられる。例えば早く親から自立した子供が親を頼った兄弟を見れば「なんでそんな考え方なの?甘いよ。自分で考えなよ。甘えてばかりでずるい」という発言を長子は感じる。その一方で親に頼り切った子供は「冷たい兄弟姉妹だな」などと互いの人格否定をし衝突が増える可能性がある。経験が違うと“言葉の変化や重み”が変わることが幼い子供たちからも明らかだ。そして人生の経験の違いにより同じ言葉を使用しても苦労を知っている人の発言や助言とそうでない人とでは、人の心にダイレクトに響いたり刺さり方が全く違う。ここでまた私の個人的体験をもとに話をするが、似たような経験をしていても僅かな言葉の中の変化を深く熟考できる人と、全く受け止め止めてほしいことが心に届かない人もいる。その違いは何かといえば思考力であるが、何よりもその人の価値観が顔を出すのが、相手の発する言葉を受けて怒りを表すときである。この怒りの中に必ず存在するのが経験差を上下に変換し敵対関係になっていることである。しかし図星なことを言われても素直に受け入れる人の中に存在するのは、経験差を役割や立場に置き換えて考えを巡らすことができる心の柔軟さである。

例えば「悔しいけれどこのような捉え方は今まで学んだことがなかった」「今までの考え方を捨て一旦白紙にして考えてみよう」と相手の持つ別の視点を受け入れることは、これまでの自分の中になかったことを補完して考えようとする心のゆとりを持つことができる。親が子供に与える人生経験で最も重要なことは、子供が苦しみや辛さ苦さを味わった時にこそ、素直に真摯にそして前向きにその苦しみや辛さ苦さを受け止めて立ち上がるかではないだろうか。困難にこそありがとうと言って受け止めることができるかということを教えることが、子供の人生に敵対を芽生えさせることをするのではなく、自分自身を成長させる最善の思考と判断そして実行力を身につけさせるのではないだろうか。自らの人生に起きる全てのことには意味があり、自分自身を大きく育てるためのチャンスであると捉える心の強さは、必ずその人の人生を豊かにする。それが人生経験である。

義経と頼朝の人生経験の違いは兄弟の仲を壊す火種にはなっていたが、その原因は互いがそれぞれの人生経験を上下に見て敵対していただけであって、それを互いの立場や役割に置き換えることができていたら鎌倉幕府は長く持ち堪えられたに違いない。




4、両者の距離感

兄弟が仲違いをしない「距離感」を一言で表すと近すぎず、期待しすぎず、しかし完全には切らない距離のことである。子供達が小さい頃は年が近いと競争や喧嘩が起こりやすく、場合によってはその競争や喧嘩は激しくなりやすい。だからこそ一定の距離感を保つことを教える必要がある。兄弟姉妹であっても「兄弟姉妹は自分と別の人間」と割り切り、兄弟姉妹だと「分かってくれるはず」「普通こうするでしょ」という期待するとそれが衝突の元になる。よって兄弟姉妹であっても性格や価値観は違って当然であると理解させる必要がある。また兄弟姉妹同士それぞれの領域に踏み込みすぎないというセパレートは必要である。よく耳にするのが思春期になると兄弟姉妹が勝手に自分のものを使用したということだ。たとえ仲のいい兄弟姉妹であっても勝手に物を使わないという物理的距離感もまた重要である。また心理的な縄張りを互いに守るのも兄弟間の平和を守るコツである。先日ある生徒さんがお迎えに来た弟くんに「挨拶ができないのがお前のダメなところなんだよ」と言った途端、一触即発の様に。兄弟だからこその遠慮がない発言であるが、兄弟でも言ってはならないことがあることを子供の時に経験することができれば、正面衝突しそうな話題は角度を変えて相手に伝えることを学ぶことができるであろう。つまり勝ち負けや立ち位置を意識したことをしないことが敵対を回避することになる。私は子育てのみならず夫婦間でも無理に毎回分かり合おうとしないということを心がけてきた。理解し合うことも重要であるが、違うまま共存するくらいがちょうど良いと考えている。これが我が家の距離感でそれぞれが自由に活躍の場を持てることに繋がったと感じている。近すぎない・期待しすぎない・踏み込みすぎない、でも完全に関係性を切らない。実はこれこそが親しき中にも礼儀ありの大事なことである。義経と頼朝の関係はそこにまで踏み込んだからこそ敵対してしまったのである。義経は兄が平家を倒そうと旗を掲げたから自分も加勢してやったのに・・・兄頼朝は俺の行手を阻む弟義経の行動は目に余る・・・とお互いが違いを責め立てるからこそ、豊臣秀吉と秀長のような仲の良い兄弟にはなれなかったのだろう。


兄弟姉妹の仲の良し悪しは生まれ持った気質や性格 、 育った環境 、人生の経験 、両者の距離感の結果が大きく関係している。その関係性をどのように育むかが親の役目でもある。兄弟同士が自らの長所で得たものを互いに共有し違いを補完することができ、互いに尊重し合えれば兄弟の確執など無縁なのではないだろうか。