未来を変えるとは 新しい自分になることではなく もう古い神経系を使わないこと。
2026.01.26 23:00
ジョー・ディスペンザは、
一貫してこう言っている。
人は「思考」ではなく
神経系の状態から未来を再生している。
欠乏を満たそうと必死だった頃、
私たちはずっと同じ神経回路を使っていた。
- 過去の記憶
- 過去の感情
- 過去の自己イメージ
つまり
過去の神経系で、未来を生き続けていた。
だからどれだけ学んでも、
どれだけ理解しても、
どこかで同じところに戻ってしまう。
これは意志の弱さじゃない。
神経系の仕様。
「腑に落ちた」とき、何が起きているのか
ディスペンザ的に見ると、
「腑に落ちた」という感覚は、
👉 新しいことを理解した
ではなく
👉 身体が、すでに知っていたことを思い出した
という状態。
つまりその瞬間、
- 思考が止まり
- 感情が静まり
- 神経系が「安全」に戻る
このとき初めて、
人は今この瞬間に入る。
だから腑に落ちた後は、
無理に頑張ろうとしなくなる。
もう神経系が
「危機対応」をやめているから。
だから、瞑想は「その前」には入らない
ここがすごく大事なところ。
ディスペンザが言う瞑想は、
「頑張って意識を変える技術」じゃない。
- 腑に落ちたあと
- 安全に戻ったあと
- 体が今にいるとき
初めて機能する状態調整。
腑に落ちていない状態で瞑想すると、
人はだいたいこうなる。
- うまくできてるか気になる
- 効果を期待する
- 早く変わろうとする
=また欠乏モード。
だから順番は逆。
- 身体が先に分かる
- 神経系が安全に戻る
- 腑に落ちる
- そのあとに、瞑想が「静かに」効き始める
欠乏を満たす時代 → 神経系を戻す時代へ
ディスペンザの言葉を借りるなら、
未来を変えるとは
新しい自分になることではなく
もう古い神経系を使わないこと
今、起きている文化の変化はこれ。
もっとなる → もう戻っていい
変わる → 思い出す
目指す → 今に立つ
欠乏を満たす文化が終わるとき、
人は静かになる。
でもその静けさの中で、
人生はちゃんと動き始める。
また、書きます。