Ameba Ownd

アプリで簡単、無料ホームページ作成

(人類の)世界の終わり・・

2026.01.23 15:07

今年も、またあの人物の騒ぎで始まった。


そう。与太者(馬鹿殿)。


いろいろ問題があったにせよ、他の国の元首を、私的な動機ムンムン(あぶらとか・・最初からそうだろうと思っていた。)の中で捕まえ、自国に押送。

世界的な同盟の枠組み(もちろん軍事に限らない。)へのアンチを繰り返し、

自分が首領となるような枠組みの新たな形成を目論む(まさか日本は入らないだろうな。勘弁してくれよ、小躍りさなえ。)。

ヨーロッパの友好国の広大な領土を購入するなどとぬかし、

拒否されれば軍事力の行使もほのめかし、

反発したヨーロッパ諸国に、またまた何十回目か(ちょっと誇張だが、まあいい)の関税を課すと抜かし、さらに諸国が反発し、自国の株式市場も通貨も債券もトリプルで下がったら

今度はTACOる。

ノーベル平和賞が取れなかったことについて、「平和のことを考える義務はない」などと抜かす。

本当に、大谷翔平とは全く違った意味で、漫画のような人物。

日々の出来事はウソのような話ばかり。


これは漫画なのだ、お騒がせがまた何かやってると、傍目で距離を置いてみていればいいのかもしれないが、何よりこの男は、核兵器のボタンを持っている。

そして、さらに何より、この男を誰も止めることが出来ない。

周囲は皆忠実な茶坊主(副大統領と国務長官が本当にダメダメ)。

軍も警察も官僚もみんなダメ(たぶん嫌な人たちは辞めているのだろう。「良心的任務拒否」とか言い出さないのか。)。

GAFAも皆尻尾を振り、大学も皆潰されている。

反政府運動はうねりにならない。

ミュージシャンもまとまって行動しない(ブルースとか、ニールとか老人たち、それからビリーとか一部の若者が叫ぶだけ。何よりバラバラ。)。


民主主義、自由主義の原点を自認し続けてきたかの国がである。

この男は、一応民主的に選ばれているのである(ナチスもそうだったんだが)。

民主主義の限界、大衆民主主義の問題がまさに示されてしまっている。

(お金持ちリベラルの高慢なのだろうか)

人民王朝、またロシア帝国等とともに、大国による世界の分割が、あながち笑い話とは言えない(私は、水面下で与太者と人民王朝中枢、そしてプーチン取り巻きが、ホットラインで連日意見交換をしあっている、画策をしあっていると見込んでいる。)。

それにしても、民主主義が「すすんだ」と言われる国では、革命は上からは起こるけれども(今起きていることはある意味革命である)、下からは起きないということなんだなと、パラドキシカルに思ったりすらしてしまう(ただ、そういう意味で、関税問題に関する米国連邦最高裁の判断は見ものではある。米国最高裁はかなり政治的に揺れ動くが、与太者のレッドゾーンを越えた仕打ちについても尻尾を振るのだろうか。これがダメなら本当にダメということなのだろう。)。


私は真剣に思う。

(人類の)世界は、今世紀末までもたないかもしれないと。

ここ2,3年、思うようになっている。

今の若い人たち、またその後に生まれる人たちには悪いけれども、

我々は逃げ切ってしまう。

結局のところ、人類はそこまでの種族だったのであると。

文明史はたった何万年、なんてレベルではない。

急速度で上昇し、いっぺんに破滅する、そんなグラフを思い抱く。


そのように人類という種族を総括するのは、人類ではない他の生物なのだろうけれども、

それはどのような生物なのだろうか。


ところで、話は変わる。

世界とは、いったい何なのか。

私たちは、学校で勉強したり、日々のニュースを見たり聞いたり、また読書をする等様々な手段で、やろうと思えば世界を可能な限り知ることが出来、また世界の歴史を可能な限り知ることが出来る。

言い換えれば、ある意味すべてを知っている(知ることができる)状況にある。


しかし、それは、自分が生きている間だけのこと。

生きている間は、世界は果てしなく存在するが、死んでしまえば無になるわけである。

どんな政治家も哲学者も、その他の偉人も、

その生きている間までのことしか知ることが出来ない。

言い換えれば、そこまでが「世界」である。

例えば、かつてエディ・コクランの「サマータイム・ブルース」をカバーして放送禁止になったタイマーズ・清志郎も、

原発事故のことも、その後15年程度で事故を起こした会社が再稼働に前のめりになり、いよいよ再稼働できることとなることも、再稼働をまとまった野党が容認することも、再稼働を容認しなければ政権担当能力がないなどという世論(????)が形成されてしまうことも、何よりあれだけの出来事があっさり風化してしまうことも、何も知らないのである。(清志郎にとっての)世界はそこまで。


そう、世界は各々にとって、「そこまで」のことなのである。


だから、自分が何をしようと、「そこまで」なのだから後のことは関係ない、となるのか?

後のことはみんなでやってね、今の生活が大事だから、今の生活がいいからそれでいい、となるのか?

そこはどうなのだろう。

そこは・・・何も出来ないのに偉そうなことを言いそうになったので、

この程度にしておこう。

承認欲求の権化を跳ね返すことも出来ない、小市民なので。

またこれからも、しばらくはコツコツ行くしかない。