感動に、全部使える体を先に用意する
コンサートの日、
私は迷わず
コートをクロークに預けた。
理由はひとつ。
体を、空けておきたかった。
席に着くと、
隣の人が
コートを膝に置き、
何度も、何度も、
畳み直していた。
「クローク、ありますよ」
そう声をかけると、
少し考えてから、
こう返ってきた。
「帰り、混むでしょ。
並ぶのが嫌でね」
ああ、と思った。
この人は、
帰りの未来を先に持ってきて、
今の時間を過ごしている。
それが良いとか、悪いとかじゃない。
ただ、向きが違う。
それだけのこと。
演奏が始まる。
前のめりになる。
思わず口に手を当てる。
拍手を、思いきり叩く。
体は、何にも邪魔されない。
感動を、全部、
受け取るために使えた。
もし膝の上にコートがあったら、
この自由さは
なかっただろう。
感動に使える体を、
私は先に
用意していた。
数日後、
まったく別の場所で、
似た匂いの会話を聞いた。
「手が荒れるんですけど、
手袋、してないんですよ」
「使い捨てなら、
つけやすいですよ」
「なんか、もったいなくて」
「ハンドクリーム代と同じですよ」
少し笑って、
話はそこまでだった。
未来の無駄を避けるために、
今の小さな快適さを選ばない。
コートも、手袋も、
同じ構造だった。
未来を守るために、
今を少し削る。
今を空けることで、
未来を軽くする。
どちらも、
真面目な選択だ。
ただ、体は知っている。
今が楽なほうが、
あとも、
だいたい楽だということを。
よくわからないけど、
こっちのほうが
少し楽かもしれない。
そう感じたとき、
理由を探す前に、
そちらを選んでみる。
理解は、あとからでいい。
納得も、
追いついてくる。
体が先に覚えて、
頭はあとで、
言葉を見つける。
クロークも、手袋も、
説明はいらなかった。
楽かどうか。
それだけで、十分だった。
そうやって、
神経系は
「ここは大丈夫だった」という感覚を、
静かに蓄えていく。
未来を守るために
今を削るのか。
今を空けて、
未来を軽くするのか。
コート一枚、
手袋一双。
そんな小さな選択に、
その人のあり方は、
そっと現れる。
私は今日も、
感動に全部使える体を、
先に用意しておこうと思う。
🖊 英語版
Preparing a Body That Can Receive Everything