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Art of Being|言葉と意識が生まれる場所

神経が整った状態だと、アウトプットは「作業」じゃなくて漏れる

2026.02.04 23:00

「今日は何もしない日にしよう」

と、うっすら思いながら、

ベッドの上で、ただ余韻に浸っていた。


なのに、

気づいたら一本、記事ができていた。


頑張ってないのに、出てきた

これは不思議な話でも、

才能の話でもない。


神経が整っていただけだ。


神経系が過剰に緊張しているとき、

アウトプットは「作業」になる。


考えなきゃ

まとめなきゃ

ちゃんとしなきゃ


この状態では、

書くことも、作ることも、

エネルギーを“使う”行為になる。


疲れる。

重い。

時間がかかる。


神経が整うと、順序が逆になる

ところが、

神経が落ち着いているときは違う。


考えなくても

構成を決めなくても

気合を入れなくても

中にあったものが、勝手に外に出てくる。


これは

「アウトプットする」というより、

漏れる感覚に近い。


止めようとしても、

完全には止まらない。


なぜ「漏れる」のか

神経系が安全だと判断すると、


すると、

経験・感覚・言葉が

整列しないまま流れ出す。


後から見ると、

なぜかちゃんと意味が通っている。


これは偶然じゃない。

整っていたから、抵抗がなかっただけ。



何もしない=何も起きない、ではない

「何もしない日」を

サボりだと思っていると、

この現象は起きない。


でも、

神経が落ち着いていて

身体が今ここにあって

無理に動かそうとしていない


この状態は、

いちばん生産的な余白になることがある。


成果を出そうとしていないときに、

いちばん残るものが生まれる。


皮肉だけど、よくある。



神経が整った状態では、

アウトプットは「作業」じゃない。

漏れるものだ。


だから、

頑張らなくていい。

気合もいらない。


整えば、

勝手に流れ出る。


それは才能じゃなく、

状態の問題。


今日は、

それを思い出した朝だった。


また、書きます。

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