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Nöriwø

DGDGAD

2026.02.04 15:21

すごいな。一年くらい何も書いてなかった。まあ書く事も無いし、だいたい曲も出してないしね。でも見てくれている人が結構いるらしい。ありがとう。実は一曲録り終わってるんだけど、改めて聞くと全然良くなくて、これは出せないよなぁ、、、と思いながらこれを書いています。

あ、あけましておめでとうございます。

去年の秋から調子を崩していて、結果的にいつもの逆流性食道炎だったんだけど、食べ物を飲み込むのも辛い状況で流石にもうダメか?という。検査してポリープ取って、それが良性だと判明したのが年明け。落ち着かない年末年始でした。

それとは別にメンタルやられる出来事もあって、少しだけ地元帰って、久しぶりな方に会ったりして。GREEN DAYの話で盛り上がってちょいとメンタルは一時復活。今はまた落ち込んでるけど、もうこの病気とは付き合っていくしかないね。

そんな間に録ってた曲がイマイチで、次何か出すか出さないか考えてた。いやね、最近のAIさんが凄いじゃないですか。私のような超零細インディーおじさんはAIさんには勝てませんよ。それなのに曲ができたからってリリースする意味が少しでもあるの?という思いでいっぱいでして。これは私の先輩というかお世話になった方も同じことを言ってて、やっぱり悩むとこだよなぁと。

話は全く変わりますけど、私に影響を与えた人の中に、ウエダさんという大学のサークルの先輩がおります。私が一年生の時にウエダさんは五年生。大先輩です。ちなみに入っていたサークルはフォークソング研究部という名前でしたがフォークをやっていた人は一人もいません。大昔にフォークが流行っていた時の名残なのでしょうか、いろんな大学に同じ名前のサークルがありますね。

ウエダさんは当時、当時でいうところのギターポップというかギターロックというか、パンクじゃないけどうっすらパンク風味なところもあるUK感のあるバンドをやってました。そのバンドに私はすっかりやられてしまい、ウエダさんに色々教わるようになりました。ちなみにそのバンドのドラムはハセガワパイセンです。

ウエダさんはとにかく音楽に詳しく、聞いたことのない名前のバンドを色々教えてくれました。シューゲイザーという言葉を教えてくれたのも多分ウエダさんだと思う。その頃はちょうどメロコアが流行り始めたくらい。いやメロコアじゃなくてアメハーとか言ってた気もする。違ったかな。彼はそんな時流には乗らんという見た目に反して男気のあるメガネでした。バンドをやる上でのアティテュード的なものも彼から教えてもらった。とにかく多大な影響を与えてくれた人なのだが、そんな彼が以前やっていたバンドが一夜だけ復活するという話になった。私が入学した時にはそのバンドは解散していたので見たことがなかったし、曲も聞いたことがなかった。で、そのライブに向けてリハをするんだが、ベーシストが遠方に住んでいるので、リハだけ代わりに弾いてくれないか?とお誘いしてもらい、そのバンドの音源をもらった。トリカブトってバンド名だった。

そのトリカブトさん、案の定良い曲ばかりで、というより当時の下北あたりのバンドより全然かっこよかった。ずっと聞いていられたし、おかげでリハに入るまでにすぐに曲も覚えた。2回だけだったと思うけど、リハも楽しかったな。

そして見に行ったライブがすごくよかった。結構広いライブハウスだったんだけどそこそこ人も入ってて、DJも呼んでオールナイトなイベントで、あのころに青森でそんなことやってる人はいなかった。ちなみにDJはクライフのユウスケさんだったりして、10年後にユウスケさんにその時の話をしたら、え?ウエダの後輩なの?と驚かれたけど、まあそれはいいや。

結局トリカブトのライブを観れたのはその一回だけ。もらった音源もテープだったし、伸びちゃったのか無くしちゃったのか、もう手元にはないし、上京してきてからウエダさんにもらおうと思ったのに、もう持ってないって言われてしまった。

あれから20年くらい経ってもうトリカブトのこともすっかり忘れていたのだれど、さっきちょっとだけできたフレーズと歌の感じがトリカブトのそれっぽかった。もう覚えてないし、もしかしたら違うかもしれないが、なんとなくウエダさんが作りそうな感じでは、ある。なんだか勝手に懐かしいような気持ちになってしまって、これはちゃんと完成させてリリースしたいな、と思った。

このブログのタイトルDGDGADというのはギターのチューニング。ウエダさんが当時好きだと言っていたバンドのギタリストがよくやっていたチューニング。だったと思う。そんな感じにできたらいいな。

しかしなんだな。こんな風に後輩に慕われる先輩ってのはやっぱり凄いなと思う。私は嫌われっぱなしですからね、、笑。横柄だったから仕方ないけど。

もう一人この人いいなと思う先輩、というか、当時は勝手に友人だと思ってたんだけど、結構な影響を受けたのがCREEPSのアキラくん。そんなアキラくんがツアー中にウチに泊まりにきて、これで寝てくれって手渡したのが、ヤキソバンの寝袋。その寝袋はウエダさんが私にくれたものだった。ヤキソバンの話はアキラくんが昔よくブログのネタにしていたけど、あれは実はウエダさんのなんだよね、とは言わないまま物凄い年月が経ってしまった。

アキラくんがヤキソバンの寝袋で寝れなくて困っていた頃、私のバンドはちょっとだけとあるレーベルに所属していた。そこの社長が亡くなったらしい。当時から不摂生している感じだったし、まあ、、仕方ないよな、そして胡散臭いやつだったよな、、なんて思うところはあるけど、安らかに眠ってください。

久々のブログなんで纏まりもクソもないのにここまで読んでくれた方、大変ありがたく思います。6月までには「アナライザー(仮)」リリースできたらいいな。

ではまた。