滝行
ただでさえ、どことなく胡散臭さ、近寄りがたき印象を抱かせるというに。んな行為に及ぶなんぞ。
御一緒にどうか、との勧誘を拒みて迎えた今年、久々のヨガ教室にて見せられる動画。背後の滝の一部がつらら化しており。極寒の滝行に、なぜ人はバカな行為に及ぶのか、という着眼を得る訳で。他人様のことをいえた義理にあるまい。おぬしとて100km、それ以上の距離を好んで走るなんぞバカとしか。
いや、確かにそう「見える」ことは否定せぬし、その悪趣味を他人様に押し付けようとは思わぬ。が、そもそもに発想が逆。無謀なことに挑むのではなく、挑むがゆえに「考える」訳で。
「かわさきTEKTEK」とて悪からぬと思うけれども、100km、それ以上の距離を走る為には何が必要か、を逆算するにそれこそが毎日の生活をエキサイティングなものに。何かに挑戦するってことは身体のみならず脳にもいい「はず」。そう、本屋にて平積みの新刊のオビに、脳の回復には睡眠よりも「刺激」、と見かけ。とするに滝行もあながち。
青い海と満天の星。あのゆったりとした時間の経過が仕事に追われる日常を忘れさせ。この極寒に南国で走れるなんてのは最高の贅沢。島を結びし全長3.5kmの橋から見渡す海と空こそが島の観光名所となり。
橋の往復を含む島一周100kmこそウリなれど、あの遠目にはなだらかに見える曲線も間近で見れば絶壁に近く。制限時間13時間は不安抱かぬまでもレースの前後に余裕なく。50kmの部ならば、泡盛に地元の料理の数々、海パン持参の観光気分で。タイムこそ平凡なれどワラーチにて完走を遂げ。宮古島100kmワイドーマラソン50kmの部。
急転直下の解散に慌てふためく陣営。招集かかれどもそれこそが「先約」というもの。先約を断るに衆院選とて軽からぬ理由の一つにはなり得るも、それこそが不義理。たとえ、それがいかなる相手であろうとも約束を守れぬヤツに信用は生まれず。予定のキャンセルは少なめに。
演説会に語られるは候補者への賛辞。現にそれこそが応援の弁士の王道とされとるらしくも。私なんぞは不器用、世辞言えぬ性分にて。というか、あの歯の浮くようなホメ言葉を平然とまくしたてる弁士を見るに。肝心なのは話し手ならぬ聞き手の反応。彼こそが主役であり、候補を勝たせんが為の手段、誇張とてアリ、が過ぎたるは及ばざるが如し、時にそれは。
そう、テレビやラジオの番組とて出演者がスタジオで勝手に盛り上がっとるだけで、忘れ去られとる視聴者が如く。結婚式ならばそれも御愛嬌と許されそうなものなれど、こちとら国の進路を委ねる一大事、有権者とて目が肥えている訳で。そこが見えぬ限り「失格」、とは厳し過ぎか。
(令和8年2月5日/2976回)