下痢型過敏性腸症候群(IBS)と便失禁(1)
便失禁の恐怖
下痢型の過敏性腸症候群の方が意識的であれ、無意識的であれ、抱く大きな不安の一つに便失禁があります。
確かに下痢になり、何度もトイレに行くのも厄介ですが、「万が一、外出中に漏らしてしまったら」という不安はかなりのストレスとなるだろうというのは想像に難くありません。
過敏性腸症候群は日本人の10-14%程度を占めるとされていますが[1]、実は65才以上の方では約7.5%の方が便失禁を有しているという報告があります[2,3]。
過敏性腸症候群が比較的若年齢から発症し、50歳以降で減少に転じるとされているのに対し[4]、一般に便失禁は出産や外傷、肛門の外科的手術による括約筋の断裂などによって起こることが多く、加齢も大きな原因となっているとされています[5]。
また、糖尿病のような末梢神経障害を伴う病気も原因となることが知られています。
下痢型の過敏性腸症候群なのか?それとも、便失禁なのか?
この2つの病気の区別は明確なものではありません。
また、処方される内服薬に関してはある程度重複することもあります。
しかし、便失禁には理学療法や手術などが有効なこともあることから、この2つに対してきちんと診断を付けることは治療を進めていく上で非常に大切な点となります。
過敏性腸症候群は「腹痛および腹部不快感*とそれに関連する便通異常が慢性もしくは再発性に持続する状態」と定義されています。
一方、便失禁は「自らの意思に反して社会的、衛生的に問題となる状況で液状または固形の便が漏れる症状」と定義されています。
どちらも便通異常という点では同じですが、便失禁は明確に「便が漏れる」ということを定義に置いています。
便失禁の診断をするには?
一般に過敏性腸症候群(IBS)の診断は内科や消化器内科でなされますが、便失禁をきちんと診断するには肛門外科への受診が必要になることがあります。
というのも過敏性腸症候群(IBS)の検査は下部消化管内視鏡(大腸カメラ)などで他の病気を否定することなどが代表的な検査です。
一方、便失禁についても筋肉などの問題なのか、感覚・神経的な問題なのかを検査するには肛門内圧検査と外肛門括約筋筋電図検査、肛門の感覚を調べる肛門管感覚検査や直腸の感覚を調べる直腸感覚検査などが必要となることがあります。
こういった検査は内科ではほとんど行われていないため、きちんと診断をつけようと思うと検査ができる専門科の受診が必要になります。
とはいえ、そもそも下痢や軟便で便失禁に繋がるという場合は、原因が内科的な病気ではないかどうかの検査をしてからの方が良いと思いますので、順番としては内科(消化器内科)→肛門外科が自然な流れだと思います。
勿論、こういった検査を受けなくても問診でもある程度診断を付けることは可能です。
例えば便失禁に関しては、Cleveland Clinic Florida Fecal Incontinence スコア(CCFIS)〔クリーブランドクリニック便失禁スコア,=Wexner スコア〕[6]と呼ばれる質問表があり、これに答えることである程度便失禁の重症度を測定できるようになっています。
CCFISは、何を(ガス, 液状便,固形便)をどれくらいの頻度で失禁するかの 3 項目と、「下着の汚れを防ぐためのパッドの使用」と「便失禁による日常生活への影響」の頻度の 2 項目の合計 5 項目で構成され、その5項目に対して、(0.まったくない、1.たまに、2.時々、3.頻回に、4.いつも)の5項目で答える質問票です。
このスコアは 0点(便失禁なし)から20 点(便失禁最重症)で便失禁の重症度を評価することができます。
自分は下痢型の過敏性腸症候群(IBS)なのか、便失禁なのかわからないという方は、本当に漏らした回数や、その程度を日記のような形でチェックをしてみるのも一つの手だと思います。
過敏性腸症候群(IBS)でもパッドは使用している、替えの下着を持ち歩いている方は少なからずいると思います。
しかし、実際に下着やパッドが汚れていたといった頻度は便失禁の方に比べると圧倒的に少ないことが多いと考えられます。
過敏性腸症候群(IBS)と便失禁の治療については 下痢型過敏性腸症候群(IBS)と便失禁(2)で触れています。
もし興味があればそちらも参照ください。
*腹部不快感:過敏性腸症候群は10年ごとに更新されるROME(ローマ)基準と呼ばれる世界的な診断基準があり、2016年の改訂では腹痛のみで腹部不快感は過敏性腸証拠群の定義から除かれました。次回2026年の改訂でどうなるのかが注目です。
修正 2020年3月25日
素材
写真 写真AC クリエイター:まぽさん
写真 写真AC クリエイター:studiographicさん
引用文献
- Paul Enck1, Qasim Aziz2, Giovanni Barbara3, Adam D. Farmer2, Shin Fukudo4, Emeran A. Mayer5, Beate Niesler6, Eamonn M. M. Quigley7, Mirjana Rajilić-Stojanović8, Michael Schemann9, Juliane Schwille-Kiuntke1, Magnus Simren10, Stephan Zipfel1 and RCS. Irritable bowel syndrome. Nat Rev Dis Prim. 2016;2(16014):1–60.
- Nakanishi N et al.: “Urinary and fecal incontinence in a community-residing older poplation in Japan,” Jam Geriatr Soc, 1997; 45: 215–219.
- 味村 俊樹,他:「本邦における便失禁診療の実態調査報告― 診断と治療の現状―」,日本大腸肛門病会誌,2012; 65: 101– 108.
- Lovell RM, Ford AC. Global Prevalence of and Risk Factors for Irritable Bowel Syndrome: A Meta-analysis. Clin Gastroenterol Hepatol [Internet]. 2012;10(7):712–21. Available from: http://dx.doi.org/10.1016/j.cgh.2012.02.029
- 辻 順行,他:「性別・加齢による直腸肛門機能の変化」,日本 大腸肛門病学会雑誌,1995; 48: 1026–1032.
- Jorge JM, Wexner SD (1993)Ehiology and management of fecal incontinence. Dis Colon Rectum 1993;36:77-97.