久々のスリップウェア。
久々にスリップウェア仕入れました(19,5 x 27,5 x 7 cm)、イギリス製、19世紀前半か中頃。スリップウェアは最近イギリスでも値段が高いのと良い物も少なく中々仕入れられませんが、雰囲気が良かったのと値段がそう高くなかったので今回これを仕入れました。プロの行く大きなフェアーに朝一で行き直ぐに見つけ仕入れました。こういうフェアーでは急がないと別の業者に買われると、値段が上がって近くの業者のテーブルに並んでたりするのです。そういうことがよくあるのです。フェアーで、買おうかな、と思いながら迷ってると、別のテーブルに物が移って値段がぐんと上がってたりする。このスリップウェアもお皿立てに立てると一枚の絵のように見え味があります。
今年は雪がよく降るのでお客さん余り来ません、歩き難いですしね、ここはまだ街中だからいいですが、郊外とか裏道は大変です。お店というのは暑くても来ないし雪降ると来ないし、じゃあいつ来るのかな、という感じです。今イギリスで出版された、イギリスのカントリーハウスの歴史についての本を翻訳で読んでます、17世紀くらいからイギリスでもイタリアなどに倣って徐々に個人のライブラリーが貴族の邸宅などに作られる過程が書いてあり興味深いです、本だけでなく昔の貴族は他の人から見れば単なるゴミにしか見えないような珍奇な物を集めていたようで、誰も欲しくないような珍しい動物の体の一部の化石を高いお金を払って買ったり、中には自分の妹をアルコール保存していたような異常な貴族もいたようです。コレクション癖はともすると異常なほうに向かうことがありますが、コレクションとは程度の差はあれどある意味「病い」なのだと思います。そういう意味ではこの僕も「病い」にかかっているのでしょう、自覚はないですがそう考えるのが妥当です。
コレクションする、集めるとは、欲がないと成立しません、あっさりしていてはダメなのです。どろっとした世界ですね、勿論自分の審美眼がありそれに敵う物をコレクションする訳ですが。「審美眼」と書きましたが、こういう言葉を使うのは余り好きじゃない、物に対しては「好き」かどうか、「惹かれる」かどうかだけで充分な気がします。必要以上の理屈は邪魔ですし、矢張り骨董なんて「直感」の世界ですから、良いと思ったら買えば良いわけで。買い物なんて基本全てそうじゃないでしょうか、何で買ったの、うん、良かったから。理屈は後からですよね。その点では女性のほうが買い物の仕方が直感的で上手な気がします、下手に情報を入れたりしないでサッと買う。だから速いですね決めるのも。