爆音の渦(My bloody valentine at 東京ガーデンシアター)
最近はライブに出掛けることも以前よりも少なくなっている。
見に行きたいものが少ない(最近の新しいものにあまり魅力を感じられない)のと、チケット代が高いこと、それに会場が遠い、等いろいろ理由がある。
それでも、これは見ておきたい、というものについては、後悔のないよう(かつて後悔があったりしたので)、できるだけ行こうと思っている。
今回は、数年前に1度見に行ったMy bloody valentine。90年代初頭に「Loveless」というアルバムを出し、これが後のシューゲイザー系を中心とする多くのバンドの先駆となったグループ。個人的にもこのアルバムは大変ハマった。その後20年くらいしたときに新譜も出たように思うが、35年くらいのキャリアの中でオリジナルアルバムは3枚程度。すべて所持。三枚目のアルバムはそこまでは聞き込まなかったが、常にその存在は気になっているバンドではある。
チケットの発売が昨年9月頃だったか。半年も前であったが、どれだけの観客が集まるのだろうなどと、すっかり忘れた頃に(なんだか来るべき尋問のことを考えたり、総選挙の見通しや与太者のことを考えて日々暗澹たる思いの中、なんとも腰が重くなっていたのだが)コンサート当日を迎えた。
会場の東京ガーデンシアターは、以前ボブディランの日本公演で出向いた、恵比寿のにた名前の会場と完全に間違えていて危うく遅刻となりそうになったその会場である。90年代からのバンドなので、同世代か近い世代が多いかと思っていたのだが、思いのほか、観客の年齢層が低い。結構30代あたりが中心で、20代もいたのではないか。整理番号は1600番台だったが、なんだか番号もあまり関係ない感じで流れで会場内へ(その前に仕事の荷物は上のロッカー室へ預ける)。アリーナオールスタンディング(バルコニー席もあり)だったが、整理番号とは関係ないかなり前の方に位置取ることになった。この轟音ライブでは、いつも入口で耳栓を配付する。今日はこれを使うこととなるのか。
開演前は、ステージのバックに、なんだか赤い巨大な蛸のような映像がずっと流れていて、ミニマルミュージック系のような打ち込み音楽が延々と流れていた。19時開演だったが、ぴったりに予定調和的に始まる最近のコンサートとは違い、ズルズルと時間が過ぎ、25分くらいになりようやく開演。
演奏は、期待通りの爆音の渦。ボーカルなどほとんど聞こえず、否、メロディーラインも場合によっては良く聞こえず、ギターやベースの奏でる轟音と、腹に響き込むようなドラムの轟音。安易なソフトな曲など全く存在しない。このバンドについては曲名を知っている曲が2曲しかないのだが、他の曲もひたすら轟音で叩きつける。また時にミニマルなサウンドでトランス状態に陥れようとする(私はなかなかトランス状態にはならず、ふと我に返って仕事のことなどが頭によぎったりしてしまった。よくないよくない。)。周りがノリノリで首を振りまくっていたりする中(さすがにダイブはいなかったが)で、前にいたサラリーマン風の30代くらいの男性はひたすら目をつぶってじいっと轟音を聞き入っていた。しかし、曲が進むにつれて、抗うことができなくなったのか、体を小刻みに動かさざるを得なくなっていた。轟音の曲が一曲終わり、観客がひとしきり沸くと、そこに静寂が訪れ(その間単発的に、英語でのヤジが飛んだりしていたが)、次はどんな感じで来るかと待ちわびている。その緩急もなんとも言えなかった。英語のヤジへの応答を少しする程度で、MCもほとんどない。
そして、これも聞き慣れたフレーズの曲、と思ったら、15分にわたるひたすら同じ轟音ギターの「連打」(これがこのバンドのライブの定番でもある)。今回初めて気づいたのだが、この15分の間、ドラマーもひたすら休みなく連打しまくっていたのであった。
この曲が終わり、メンバーがステージを去る。アンコールはなし。気づいたが二時間が経過していた。
耳栓は最後まで使うことがなかったが、耳に後遺症が来るか・・大丈夫なよう。
このバンド、演奏がうまいのかどうかもよくわからない。ただ、とにかく爆音でひたすら押しまくる。90年代以降のオルタナ系の一典型。30年経っても何も変わらず、それがすごい。
フロントマンのケヴィン・シールズは自分よりも年上だと思うのだが、いやいやホントすごい。妥協なく一貫している。
こんな希有なバンドが、日本公演4回だけとはいえ、全部ソールドアウト。しかも客層が結構若い。今日だけで2000人レベルは入っていると思う。グッズ売り場も盛況。熱心なファンが多い。また来日したらまた見に行ってしまうだろう。