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逆算で考える,これからの大学に必要な2つのこと【University Insight】

2026.02.19 02:06

 University Insightでは大学内の一研究者の視点から,大学をもっと良くするためにはどうすれば良いかを考えていきます. 


ここをクリック=NotebookLMによる音声解説,Studio⇒▶の順にクリック.)


 20年後,目的意識を持つ学生がもっと多く育つ大学ができていると仮定します.今回は,そこから逆算して,いま何をすれば良いかを考えてみたいと思います.

 今回は2種類の逆算を行います.一つは構造的な逆算で,目の前の学生たち(ミクロ)から入っていき,大学組織(マクロ)として何をするのが良いか?という逆算です.もう一つは,20年後のあるべき姿から,今やることを考えるという時間的な逆算です.


図 今やることは,最前線(教員と学生)のミクロ挙動を可視化して,その結果をもとにマクロ(ビジョン・戦略・戦術)を更新すること.ビジョン・戦略・戦術は空白になりやすく,行動だけが局所的に最適化されがちです.



目的意識が学生の成長を決める

 まず,何が学生の成長を決めるのかを考えたいと思います.

 自らを高めたいと願う受験生や,受験生を持つ親が求めることは何でしょうか.それは,「目的意識を持った学生たちの中で成長したい(してもらいたい)」ということではないでしょうか.

 社会的比較理論社会的促進の原理によると,人は他者の行動や進捗を参照しながら,自らの行動水準や努力量を調整する傾向を持っています.すなわち,目的を持って,努力することが当たり前の集団の中で育てば,自らもそうなります.だからこそ,そのような集団に入りたいという目的意識を持って受験生は努力をします.しかし,入学試験で直接測定できるのは,主として数学や物理といった学力であり,工学そのものに対する目的意識を測ることは容易ではありません.

  大学での学びに目を向けます.機械工学を例にとってみると,学部1年生から3年生までの学びは,設計製図はJISで規定され,4力学もどの大学でもほぼ共通の内容です.知識教育は標準化されており,大学間で大きな差が生じにくい状況にあります.最近では黒板とずっと会話をしてしまうような授業スキルが極端に不足している教員も,ほとんど見られません.つまり,大学が提供する知識教育は,どの大学であっても一定の品質が保証されていると言えます.

 学生たちを見ていると,その学生がどれだけ成長できるか?は,講義内容が理解できる一定以上の学力は必要ですが,入学時の学力そのものよりも,学生が持つ目的意識との相関のほうが高いように感じられます.たとえば,自動車が好きで自動車メーカーに行きたい学生,自転車が好きでフレームを自作してしまう学生,高校時代には材料加工を考えたこともなかったが,大学で知って「もっと知りたい」と思った学生.そうした内発的な関心や目的意識を持つ学生は,伸びる傾向にあります.

 歴史上でも,ロケット開発で知られるフォン・ブラウンは若い頃,宇宙への関心から工学を学ぼうとしました.しかし,その過程で数学を理解しなければ前に進めないことに気づき,基礎を徹底的に学び直したという話は有名です.目的意識があったからこそ,基礎学力の習得が「やらされるもの」ではなく「必要なもの」になったのだと考えられます.

 もっとも,入学時点で明確な目的意識を持つ学生は多数派ではありません.多くの場合,大学での4年間の中で,教員の話を聞き,自ら考え,仲間と議論する中で徐々に目的意識が形づくられていきます.つまり,目的意識は入学後にも磨くことができるものです. 

 4年生から大学院にかけて取り組む研究については,各大学内で平均化すると機械工学分野では,学会活動等を通して感じる限り,大学間で顕著な質の偏りは大きくないように思えます.むしろ違いが大きいのは,「どの大学か」よりも「どの研究室か」であるように感じます.近年は教員の流動性も高く,大学間での連携も多いため,極端な偏りが生じにくくなっていることも一因でしょう.

 以上の議論から見えてくるのは,大学間の本質的な差はカリキュラムの細部や研究の平均的な質ではなく,学生たちの間に共有される基準にあるように感じられます.その基準を規定するのが目的意識であり,それは入学時点の学力だけではなく,大学という環境の中で育まれ得るものです.したがって,目的意識が育つ環境を設計できるかどうかが,その大学の教育の質を決めると私は考えています.


教育と研究に情熱を傾ける教員が集まる大学であり続けるには?

 では,「目的意識を持つ学生たち」が育つ大学にするにはどうしたらよいか?その答えは,「目的意識を持った教員たちが集まる環境」を整えることであると考えます.なぜなら,学生は教員の影響を大きく受けて育つからです.教員の目的意識には,大きく二つがあるように思います.一つは,自らの専門分野において社会で活躍できる人材を育成したいという目的.もう一つは,自身の研究を高め続けたいという目的です.

 現在の大学は教員の流動性が高い環境にあります.したがって重要なのは,「この大学に長くいれば,自分の目的を達成できる」「自らが描く良い研究者・良い教員として成長し続けられる」と思える環境が用意できているかどうかです.目的意識を持った教員が集まるかどうかは,個人の資質ではなく,環境設計の問題であるように思います. 

  前節では,学生の間に生じる社会的比較の影響について述べましたが,教員もまた同様です.人は周囲の行動基準を参照しながら,自らの行動を調整します.もし「学生を卒業させること」自体が目的化し,その話題ばかりが議論される場に長く身を置けば,評価を甘くすることが合理的な行動として選択されやすくなります.それが常識として固定化されれば,教育の質は徐々に低下していきます.一方で,本来の教育の目的を意識し,「学生がどれだけ成長できるか」を中心に議論する環境であれば,教員の行動は自然と変わります.

 大学は確かに「学生のため」にありますが,同時に「卒業生を受け入れる社会のため」の存在でもあります.社会が必要とする教育とは何かを問い続けることが,就職の強さや社会からの信頼という形で現れ,結果として受験生の支持にもつながるでしょう.したがって必要なのは,評価を甘くすることではなく,社会の要請に応える教育をしっかりと行うこと,そして,それを実現するためには教員が教育と研究に十分に向き合える環境を整えることです.

 教員の努力水準は,個人の意思だけでなく,環境によっても大きく左右されます.教員自身が目的意識を高く維持できる環境の設計が重要です.


  もちろん,監査に耐える書類を準備すること,研究や金銭の不正を防ぐこと,外国への望まない技術流出を防止すること,体調の思わしくない学生に合理的配慮をすること,国からの助成金のための書類を整えることなどは,いずれも重要です.それらを怠れば,大学としての基盤が揺らぐ可能性もありますし,それらをきちんと回していることが,大学への信頼感を生みます.

 しかし,それ自体が大学の目的ではありません.大学が研究と教育というアウトプットを続けられるようにするための一つの戦術です.そのような,間接的な部分の戦術の議論ばかりが続くと,現場は「何のために仕事をしているのか」を見失いやすくなります.良い研究とは何か,良い教育とは何かをめぐる議論が,それらの議論の何倍も交わされる大学であること.その議論が成りたつ余白と文化があること.それが,教育と研究に情熱を傾ける教員が集まり続けるための条件ではないかと考えられます.


思想と理念を,ビジョンと戦略に落とし込むには?

 では,そのような運用レベルの戦術の議論だけの状態から抜け出す方法はあるでしょうか?冒頭の図に示した,戦略体系のピラミッドを使って考えてみます.

 思想は,例えばその大学の創立者が唱え,大学の存在意義や価値観を示す最も大切な言葉です[].そして,その思想を組織として共有し,行動原理として明文化したものが理念です[].

 たとえば,理念として「すべての教職員に公平で,より働きやすいキャンパスができるアップスパイラルの仕組みを含めた制度と環境を構築する]」と謳われたとします. 

 理念は方向を示しますが,そのままでは行動にはなりません.まず必要なのは,「公平」「働きやすさ」「アップスパイラル」とは何かを,自部署の言葉で定義し直すことです.

 たとえば,工学系においての「アップスパイラル」とは,「教員が教育研究に集中できるようにする▶教育の質が上がる▶学生の満足度が上がる▶社会からの評価・志願者が増える▶経営が安定化する▶事務基盤が強化される▶さらに集中できる」という好循環のことである,と定義できるかもしれません.このように,抽象的な理念を,因果関係を伴った具体像に描き直したものがビジョンです.このビジョンを描くには,学生がどのように目的意識を育み,成長を遂げるのかをつぶさに観察する必要があります.そのメカニズムが可視化され,はじめてビジョンを描くことができます.

 就職率や,満足度アンケート,大学ランキングの数字などの,状態の平均的な姿を見るだけで,ビジョンを構築することは難しいでしょう.

 次に必要なのが戦略です.「それを誰の仕事として定義するのか(担当と意思決定者)」「どの指標で進捗を測るのか(KPI)」「いつまでにどこまで到達するのか(目標と期限)」を設計します. ここで初めて,資源配分,役割分担,優先順位,投資対象を議論できます.そして戦略の本質は,「やらないことを決めること」にもあります.

 戦略を考え始めると,「教員のコア業務を定義しているか」「事務の専門性を制度的に強化しているか」「業務を,能力やお願いではなく『役割』で切っているか」システム化・標準化に投資しているか」といった問いも自然と立ち上がってきます.これらの議論を進めること自体が戦略担当者の仕事です.

 そして最後に,戦術に落とし込みます.ここで初めて,「ワークフローを変更する」「システムを導入する」「会議体を再編する」などの具体的な環境の設計の議論になります.

 もし,思想⇒理念⇒ビジョン⇒戦略⇒戦術の議論を経ずに,思想や理念から直接戦術に飛んでしまうと,組織内での納得感や共通認識が得られず,ベクトルの方向がばらばらの施策が効果を打ち消しあい,コストや納期といった数字の帳尻合わせの話が中心となり,最後には「やった感」だけが残る仕事になりやすくなります.また,KPIを評価することも起こらず,したがって,次への学びも得にくくなります.

 このように戦略体系を考え,全体最適を目指す動作は,その組織の評価・報酬の構造と結びつきにくい場合には,自然発生的に現場から生じることは稀であるように思います.放っておくと局所最適,即ち半径10 m以内の合理性と,その境界近傍でのパワーバランスで行動が決められていくことが多くなります.戦略体系の構築を議論する場を設けない限り,組織は永遠に戦術の会議だけを続けることになり,ベクトルを合わせることはできません.


いまやる,2つのこと

 ここまでの議論を踏まえると,今取り組むべきことは以下の2つに整理できます.

Ⅰ.学生がどのように目的意識を育み,どのような環境のもとで成長するのかというメカニズムを,ミクロな観察により可視化し,言語化すること. 

Ⅱ.その理解をもとに,思想や理念を抽象的な言葉のままにせず,ビジョンとして描き直し,戦略と戦術へと落とし込むこと.


 つまり,ミクロの観察から出発し,マクロを設計し直すことです.

 そして,設計された戦術を実行し,環境を再設計していくことが次の一手となります.

 Ⅰを進める方法としては,大規模なアンケート調査によって平均像を測るよりも,授業や研究室において学生がどのように育っていくのかという具体的なケーススタディを積み重ね,そこから一定の法則性や方法論を抽出することが有効であるように思います.

 ここで,環境の再設計が起こると,冒頭の図のように「教員の目的意識」が強化され,その結果として「目的意識を持った学生」が,より多く育つようになるのではないか?という仮説です.

 当然,ここでの環境は施設だけではなく,事務効率や,授業や研究室の運営設計も含みます.


おわりに:ミクロを見てマクロを設計し,ミクロが変わる

 鉄鋼材料の特性は,材料内部のミクロな金属組織によって決まります.たとえば,材料内にマルテンサイトという堅い結晶粒とフェライトという柔らかい結晶粒をほどよい割合で生じさせれば,より粘り強い良い特性が得られます.

 しかし,その微細な金属組織を作り込むには,巨大な製鉄設備よる圧延や加熱・冷却の高度な制御が必要になります.研究者は顕微鏡でミクロな世界を調べながら,直接いじることが可能な,「生産ラインの条件」というマクロを整えていきます.

 このような鉄鋼材料の開発方法は,大学の特性の開発にも通じるところがあるように思います.即ち,ミクロを見なければ,マクロをどうしたら良いかを明確にすることはできないでしょう.逆に,ミクロを変えたければ,戦略体系というマクロを適切に制御することが必要になるように思います.

 そして,ミクロを観察しはじめてから効果が実感できるまでは,20年程度の時間差があるようにも思います.University Insightでは,ミクロの可視化から地道に進めています.(K)



参考資料

[1]学園マスタープラン,https://www.tokai.ac.jp/about/master_plan/pdf/MP16_A3.pdf

[2]谷ノ内識,大学理念の職員に対する効果的な浸透策に関する研究, https://www.jsccs.jp/publishing/files/20th_11.pdf

[3]グローバル大学へ向けた取り組みのための基本理念,https://www.u-tokai.ac.jp/about/philosophy-history/concept/