「宇田川源流」【大河ドラマ 逆賊の幕臣】 来年の大河ドラマ主人公はどんな人?
「宇田川源流」【大河ドラマ 逆賊の幕臣】 来年の大河ドラマ主人公はどんな人?
毎週水曜日は、NHK大河ドラマについて書いているのですが、今週は2月8日の選挙のために、大河ドラマの放送がなかった。そのことから、何を書こうかと迷っているということになります。
そこで「豊臣兄弟」ではなく、ちょっと気が早いが来年の「逆賊の幕臣」の主人公、小栗上野介忠順について、少し予習してみましょう。なお、私は記憶力があまりよくないので、来年になって同じような内容のものを書いてしまう可能性もありますが、まあ、その時はその時ということで、今回は「苦し紛れ」でこの内容にしたいと思います。実際に、普段このような時、例えば、昨年の参議院選挙の時などは、すでにドラマもある程度進んでいて書くことも少なくなかったので、あまり困ることはなかったのですが、今回は何しろ2月8日、まだ5回しか「豊臣兄弟」を放送していないので、この先ドラマがどのように進むのかということも全くわからないので、下手な書き方はできないということになります。そのうえ、今回の内容でも、キャストの変更などが話題になっていますが、ちょっとその様に芸能人とはいえスキャンダルなどを書くのは、土曜日だけにしたいということもあるので、結局は来年の大河について書いてみたいと思います。ちなみに、大河ドラマの主人公をしっかりと記載することは少ないので、ある意味で貴重な機会をいただいたのであろうと、感謝しながら書いてみたいと思います。
小栗上野介忠順という人物は、幕末史のなかでもとりわけ評価が揺れ動きやすい存在であり、ある時代には「先見の明をもった近代日本の設計者」と称され、またある時代には「旧幕府に固執した頑迷な官僚」と見なされ、さらには維新直後には文字通り「逆賊」として処断されたという、きわめて劇的な生涯を送った幕臣であった。彼の人生は、日本が江戸という長い静穏の時代から、暴風のような近代国家形成の時代へと転がり落ちてゆく過程そのものと重なっており、彼の評価の振幅は、そのまま近代日本が自らの出自をどのように見つめるかという問題と深く結びついている。
小栗忠順は文政10年、1827年に旗本の家に生まれた。小栗家は決して最上級の名門というわけではなかったが、代々幕府に仕える家柄であり、少年期から武士としての教養と実務能力を重んじる教育を受けた。彼は幼少より聡明で計算や理財に明るく、また語学や異国事情への関心も強かったと伝えられている。幕末という時代においては、この「理財と外国知識への適性」が決定的な意味を持つことになる。江戸幕府の官僚機構は長い平和のなかで形式化し、儀礼と慣習が重んじられていたが、19世紀半ばになると黒船来航を契機に一気に世界の荒波へ晒されることとなり、従来の武勇や家格よりも、計算能力、交渉能力、技術理解力といった資質が必要とされるようになっていった。小栗はまさにその新しいタイプの幕臣であった。
彼の名を一躍知らしめたのは、万延元年の遣米使節団への随行である。1860年、日米修好通商条約の批准書交換のために幕府は使節団をアメリカへ派遣し、小栗は勘定方としてこれに加わった。サンフランシスコからワシントンへ至る長い旅のなかで、彼は蒸気機関車、電信、近代的な都市計画、銀行制度、造船技術など、当時の日本では想像もつかない規模の文明を目の当たりにした。この経験は彼の思想に決定的な影響を与える。彼は単なる異国趣味にとどまらず、国家の富と軍事力と産業力がどのように結びついているかを理解し、日本がこのままでは列強の植民地に転落する危険を現実的に認識した。帰国後の彼は、開国か攘夷かという感情的な議論よりも、具体的な制度改革と産業基盤の整備こそが国を守る道であると確信するようになる。
帰国後、小栗は勘定奉行として幕府財政の立て直しや軍備の近代化に関わることになる。彼の最大の業績の一つとして知られるのが横須賀製鉄所、後の横須賀造船所の建設である。フランスの技術者ヴェルニーを招聘し、西洋式の近代造船施設を建設したこの事業は、当時としては桁外れの国家的プロジェクトであった。巨額の資金、外国人技術者との契約、土地の整備、技術移転の交渉など、あらゆる面で高度な調整能力が必要とされたが、小栗はこれを推進した。彼の視点は単なる軍艦建造にとどまらず、鉄工技術、機械工学、人材育成といった長期的な国力の基礎に向けられており、のちの明治日本の工業化の萌芽がここに見られると評価されることも多い。
しかし、彼の先見性は同時に敵も多く作った。幕府内には保守的な勢力も強く、莫大な費用を要する近代化政策は財政を圧迫するとして反発を受けた。また、開国後の混乱のなかで、尊王攘夷を掲げる諸藩の志士たちから見れば、小栗は「異国の技術にかぶれた幕府の財政官僚」であり、国を売る存在に映った。彼は決して売国的ではなかったが、思想ではなく実務で国家を守ろうとしたために、情念で動く時代のなかでは理解されにくい立場に置かれていた。
さらに決定的だったのは、彼が最後まで幕府体制の存続を前提として改革を構想していた点である。小栗にとって幕府は腐敗している部分はあれど、国家の統治機構として現実に存在する唯一の枠組みであり、それを破壊することは外国勢力に対して日本を無防備にする危険があると考えられた。彼は倒幕という発想を持たず、むしろ幕府を近代国家へと脱皮させることを目指していた。この姿勢は、薩摩・長州を中心とする倒幕勢力から見れば、時代錯誤であり、障害であり、打倒すべき対象であった。
慶応年間に入ると情勢は急速に悪化し、幕府は軍事的にも政治的にも劣勢に立たされる。小栗はなおも財政改革と軍備整備を主張したが、既に幕府の統治基盤は崩れつつあった。大政奉還が行われ、徳川慶喜が政権を朝廷に返上したのちも、旧幕府勢力と新政府勢力の対立は解消されず、ついに戊辰戦争へと突入する。小栗は戦場の武将ではなかったが、旧幕府の中枢官僚であったこと、財政と軍備を支えた実務責任者であったことから、新政府側にとっては象徴的な存在であった。
彼が「逆賊」として斬首されるに至った経緯には、いくつかの要因が絡み合っている。第一に、彼が最後まで徳川政権の正統性を信じ、その再建を模索していたことが、新政府の権威に対する潜在的な脅威と見なされたことである。第二に、彼の知識と人脈、財政能力は、新政府にとっても利用価値があった一方で、旧体制の象徴として放置すれば反乱の核になりかねないという警戒もあった。第三に、維新直後の政治は必ずしも法的整合性よりも政治的象徴操作を重んじる段階にあり、「見せしめ」としての処断が一定の効果を持つと考えられていたことである。
慶応4年、1868年、小栗は上野国に退いていたが、新政府軍に捕らえられ、取り調べののち斬首された。彼に明確な武力反抗の事実があったわけではなく、むしろ官僚としての経歴と象徴性ゆえの処刑であったと見る歴史家も多い。この時、新政府側は彼を「逆賊」と位置づけたが、その逆賊という言葉は、単なる犯罪者というよりも「新しい正統に従わなかった旧体制の中心人物」という政治的レッテルであったと言える。つまり小栗は、悪逆非道であったから斬られたのではなく、時代の転換点において不都合なほど有能で、かつ旧秩序を体現していたがゆえに排除されたのである。
皮肉なことに、彼が推進した横須賀造船所や近代的財政観念は、明治政府によってそのまま引き継がれ、日本の近代化の礎となった。彼の死後、日本は彼が見たアメリカやヨーロッパの制度を猛烈な勢いで吸収し、工業国家へと変貌してゆく。その意味において、小栗忠順は敗者でありながら、思想と構想においては勝者であったとも言える。彼は時代の先を見すぎたがゆえに同時代から拒絶され、後世になって再評価されるという、近代化の陰影を象徴する人物となった。
「逆賊」とされた理由を突き詰めると、それは思想の過激さでも武力反乱でもなく、体制移行期における立場の問題であった。歴史はしばしば勝者の言葉で記録されるが、小栗の場合、その後の日本が彼の構想を実現していったことによって、逆賊という烙印は次第に薄れ、むしろ「先覚者」「悲劇の官僚」「幕末最大のテクノクラート」といった像が浮かび上がってきた。彼の生涯は、忠義と現実主義、改革と保守、国家と体制の違いが複雑に絡み合う幕末という時代の縮図であり、誰が正義で誰が逆賊であったのかという問いそのものが、時代によって変化することを示している。
来年の大河ドラマ「逆賊の幕臣」は、従来の幕末大河とはやや異なる色合いを持つ作品になる可能性が高いと考えられます。これまでの大河ドラマにおける幕末ものは、坂本龍馬、西郷隆盛、吉田松陰、新選組など、いわば「時代を動かした英雄」や「革命の担い手」に視点が置かれることが多く、視聴者もまた変革の高揚感や理想主義、志の高さに感情移入する構造が中心でした。しかし小栗上野介忠順を主人公に据えるということは、「勝者の物語」ではなく「敗者の合理性」を描く試みになるという点で、かなり知的で渋いドラマになることが予想されます。
この作品の軸になるのは、おそらく「正義とは何か」「国家に忠義を尽くすとはどういうことか」という問いでしょう。小栗は剣豪でも革命家でもなく、いわば数字と制度と技術で国を守ろうとした官僚です。そのため合戦シーンや派手な決闘よりも、会議、交渉、書類、財政、外交、造船、技術者との議論といった場面が多くなるはずで、ドラマとしては地味に見える危険もあります。しかし逆に言えば、これまでの大河が十分に描いてこなかった「国家運営の現場」が前面に出ることになり、現代の視聴者にとってはむしろ新鮮に映る可能性があります。政治ドラマ、あるいはテクノクラートの成長譚に近い性格を帯びるかもしれません。
物語前半は、若き日の小栗が海外に渡り、アメリカの都市や工場、鉄道、銀行制度に衝撃を受ける場面が大きな山場になると想像されます。異文化との出会いは視覚的にも演出的にも華やかであり、視聴者にとっても理解しやすい転換点です。ここで彼の「国家観」が形成され、日本を守るためには感情ではなく制度と技術が必要だという信念が芽生える。いわば英雄誕生の瞬間ではありますが、刀ではなく計算尺を持つ英雄であるという点がこのドラマの個性になるでしょう。
中盤は横須賀造船所建設を中心とした近代化政策が描かれるはずです。ここではフランス人技師との交流、幕府内部の保守派との衝突、財政難、そして諸外国の圧力が絡み合い、かなり重厚な人間ドラマになる可能性があります。視聴者にとって理解が難しい専門用語や制度論は、演出や人間関係を通じて感情的に伝える工夫がなされるでしょう。たとえば、技術を信じる小栗と「武士の魂」を重んじる人物との対比、あるいは「金で国は守れぬ」と言う者と「金なくして国は守れぬ」と言う小栗の対立などが象徴的に描かれるかもしれません。この時期のドラマは、戦よりも議論と決断が見せ場となり、静かな緊張感が続く構造になると考えられます。
終盤に向かうにつれて、物語の空気は急速に暗くなるでしょう。大政奉還、王政復古、戊辰戦争という歴史の奔流のなかで、小栗の正しさと努力が次第に無力化していく様子は、視聴者に強い無常観を与えるはずです。ここで重要なのは、彼が単なる頑固者や時代遅れとして描かれるのではなく、「理屈では正しいが時代に選ばれなかった人物」として描かれることです。もしこの描き方が成功すれば、視聴者は薩長の英雄に喝采を送るのではなく、歴史の残酷さに静かに息を呑むことになるでしょう。
クライマックスである斬首の場面は、おそらく派手な演出ではなく、淡々とした処理になる可能性が高いと想像されます。むしろ処刑そのものよりも、その前後に描かれる心理や周囲の空気、あるいは「彼の構想が後の日本で実現していく」という対比によって、視聴者に強烈な余韻を残す構成になるのではないでしょうか。死をもって終わるのではなく、彼の死後に造船所が稼働し続け、近代国家が形成されていく様子を重ねることで、「逆賊とは誰だったのか」という問いを投げかける終幕になる可能性があります。
全体としてこのドラマは、剣戟よりも思想、戦場よりも制度、人の死よりも国家の設計図を描く作品になると予想されます。視聴率だけを見れば賛否が分かれるかもしれませんが、内容としては非常に評価の高い知的ドラマになる余地が大きいでしょう。現代社会においても、改革者が必ずしも英雄として称えられるわけではなく、むしろ組織や世論の波に押し流されることが多いという現実があります。その意味で、小栗忠順という人物は決して過去の存在ではなく、「合理性と情念のどちらが歴史を動かすのか」という永遠のテーマを体現する存在でもあります。
したがって「逆賊の幕臣」は、単なる幕末再現ドラマではなく、現代への問いかけを含んだ静かな重厚作になる可能性が高いでしょう。観る者に爽快感よりも思索を残し、「もし自分があの時代にいたら、どちら側に立ったのか」と自問させるような、余韻の長い大河ドラマになると想像できます。