なほらひごはん とは、
食事は、神事である
私は、食事をつくることを【かみさまごと(神事)】として日々の食を扱っています。
なほらひ(直会)
──それは、ご神事のあと、日常へ戻るためにいただく
「清めと整えの食事」
神さまと人とが響き合う宴であり、
ハレ(非日常)とケ(日常)をつなぐハシワタシの時間です。
食べることは、生きること。
そして食事をつくる時間は、
自分自身と静かに向き合う神聖なひととき。
命をいただくということは、
自然の循環の中に身を置き、
神さまと自分をつなぐその瞬間に立ち会うこと。
そのとき身体は、ただ栄養を摂るだけではなく
命の振動を受け取り、
本来の自分へと、静かに純化していきます。
身体の声に、耳を澄ます
世の中には、「こう食べれば良くなる」という情報や、
流行、手軽さ、「おいしさ」を優先する選択があふれています。
それ自体が悪いわけではありません。
けれどその流れの中で、
いまの自分の身体は、何を求めているのか。
その声に耳を澄ます時間は、
いつのまにか後回しにされてきたのではないでしょうか。
身体に何を取り入れるかは、
生き方そのものと深く結びついています。
何を食べるかという選択は、
どんな気持ちでつくられたのか。
つくる人の在り方や、大切にされてきた想いが、
食材のエネルギーという「振動」にのって
私たちの身体に届いています。
身体は、答えを知っている
身体は、とても正直です。
必要なものは自然と受け取り、合わないものには、反応してサインを出す。
本当は、身体のほうが先に「答え」を知っています。
玄米をゆっくり噛みしめ、
旬の野菜のエネルギーを味わう。
そんな一食一食の積み重ねが、眠っていた感性を静かに目覚めさせていきます。
なほらひごはんが、ハシワタシするもの
自然の恵みと、それを受け取る人。
身体と魂。
人と人。
そして、伝統と文化。
なほらひごはんは、
分かたれてきたものを和し、ととのえていく。
自然とつながり、
地球と調和して生きる在り方を、
特別な場所ではなく、日々の食事の中に取り戻していくこと。
それが、
なほらひごはんの在り方です。
あなたの「はじまり」を照らす
なほらひごはんに出逢う方は、
人生の流れが切り替わる時期に、立っていることが多いようです。
身体が整うと、
運命の歯車が静かに噛み合いはじめる。
いつのまにか、
進むべき道が
ひらいていきます。
自分の望む生き方にシフトしていく食事。
自然の豊かな恵みを、
雑念なくクリアに、
気の通ったお料理へと アルケミーさせていくこと。
軽い身体は、エネルギーを
受け取りやすくなり、
流れは、無理なく
自然な方向へと動き出します。
なほらひごはんは、
あなたの「はじまり」を照らす光。
身体が整うと、
人生は無理なく流れ始め、
思いもよらない景色を見せてくれることがあります。
だからこそ、
身体をととのえることからはじめています。
|なほらひごはん
からだが喜び
心がほどける
いのちが、ふるえる
心と身体をつなぐ、ハシワタシ