切抜帳29より③/「演劇界」などへ随想
2026.02.24 12:00
演劇界1996年7月号「日本演劇協会と北條さん」。同年5月に亡くなった劇作家北條秀司氏のこと。登志夫は本願寺での日本演劇協会葬での葬儀委員長を務めました。日本演劇協会の初代会長が久保田万太郎氏、二代目が北條氏、三代目が登志夫でした。
こちらは葬儀の弔辞。
「演劇界」1997年1月号「心に残る舞台わたしの劇場」という企画に「国立劇場『宇都谷峠』の頃」を寄稿。昭和44年、国立劇場ができて間もないころ、登志夫が補綴・演出した「宇都谷峠」には十七世勘三郎と、初世白鷗が共演、十八世勘三郎さんも子役の役で出演し、登志夫は実際の舞台の制作からかかわり、とても思い出深い仕事だったようです。
「演劇界」同年4月号「勘弥さんのこと~思い出すまま~」。守田勘彌さんの二十三回忌追善にあたって、思い出を綴っています。伊香保の碑はいまはないようです。
長野県飯田・下伊那の発行でしょうか。「生活と文化」同年夏号に「父、繁俊のこと」。登志夫が敬愛していた父と生まれた信州のこと。