おちこぼれのバリトン
「私たちは、かつての作曲家が残した設計図を、現代に正確に立ち上げるためにいるんだ」
居酒屋だったか、あるいは楽屋の隅だったか。友人が不意に口にしたその言葉を、47歳になった今も、僕はときどき喉の奥に刺さった小骨のように思い出す。
なるほど、それは正しい。
三百年前の楽譜という名の「暗号」を解読し、当時の風や、作曲家の溜息までも誤解なくお客様に届ける。それは文化の継承という、極めて尊い作業だ。かつてスイスで耳にした、技術を「保存(conservare)」するための学び舎の話を思い返しても、そこには学問への深い敬意と研鑽が必要なのだと痛感する。
能や日舞の世界も同じだろう。形を変えずに受け継がれることそのものに、文明の足跡としての価値がある。 だが、ひるがえって僕はと言えば、その聖域からはとうの昔にはじき出された「継承の落ちこぼれ」だ。
信州大学で初めてオペラに触れたあの日から、僕を突き動かしてきたのは、正しさよりも「どうすれば目の前の人が面白がってくれるか」という一点だった。最近では、オペラ歌手にとって命とも言える「声」でさえ、表現の邪魔に感じることすらある。心の中では「もっと別の、自由な何かがやりたい」と、不謹慎な子供のような自分が暴れているのだ。
もちろん、純粋なオペラを楽しみに来たお客様にとっては、僕のような存在は災難かもしれない。けれど、そんな「落ちこぼれ」だからこそ見える景色があるのではないか、とも思う。
これから、僕がどうしてこんな風に「正解」から逸れてしまったのか、その奇妙な歩みを日記のように綴っていこうと思う。どうぞ、お付き合いいただければ幸いです。
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