創造的破壊者である覚悟はあるか
「何かを創り出すこと」は、楽しい。
新しい企画、新しいルール、新しいチーム。
これらは希望に満ちており、誰もがやりたがる。
しかし、「何かを壊すこと」はどうだろうか。
過去の成功体験、慣れ親しんだ手順、自分が一度作り上げた組織。
これらを否定し、解体することは、恐怖であり、痛みを伴う。
だが、断言する。
「壊せる人」だけが、次を創ることができる。
破壊なき創造は、単なる「積み上げ」に過ぎず、やがて自重で倒壊する。
生物学に、「骨芽細胞」と「破骨細胞」という細胞がある。
骨は、一度できたら変わらない硬い物質ではない。
日々、「破骨細胞」が古い骨を溶かし壊し、その跡地に「骨芽細胞」が新しい骨を埋めていく。
この絶え間ない新陳代謝(リモデリング)があるからこそ、骨はしなやかさと強さを保てる。
もし、ここで「壊すこと」をサボったらどうなるか。
古い骨の上に新しい骨を無理やり継ぎ足せば、骨は不均一になり、もろくなる。
あるいは、古びて石灰化した骨は、ちょっとした衝撃でポキリと折れてしまう。
組織も、まったく同じだ。
うまくいったやり方、かつての必勝パターン。
それを「もったいない」「まだ使える」と守り続けることは、組織を“骨粗鬆症”にしているのと同じである。
「得意技を封印せよ」と私が常々言うのは、このためだ。
過去に称賛された自分の「型」を、あえて自分の手で壊す。
それは自己否定に近い、苦しい作業かもしれない。
ただ、考えてみてほしい。
環境は刻一刻と変わっている。
昨日までの正解は、今日の不正解になっている可能性すらある。
それなのに、過去の遺産にしがみつくのは、変化への敗北だ。
「破骨細胞」の役割を、誰かに押し付けてはいけない。
外圧によって壊されるときは、往々にして組織が死ぬときである。
だからこそ、自らの手で、自らの仕事を「解き直す」必要がある。
一流のリーダーとは、優秀な建築家であると同時に、冷徹な解体業者でなければならない。
自分の作った愛着ある制度であっても、賞味期限が切れれば躊躇なく壊す。
空いたスペース(余白)があるからこそ、そこに新しい、筋肉質な事業や文化が育つ。
破壊は、未来への投資なのだ。
あなたは今、積み上げることに逃げていないか。
壊すことを恐れて、古い骨の上塗りを続けていないか。
今日の仕事を、見渡してみろ。
「なんとなく続けている定例会議」「形骸化した報告書」「昔は効果があった営業手法」。
それらはすべて、代謝を阻害する古い骨である。
まずは一つ、捨ててみろ。小さな慣習でいい。
意図的に「壊す」ことでしか、新しい景色は見えてこない。
自らの手で、新陳代謝を起こせ。