Ameba Ownd

アプリで簡単、無料ホームページ作成

Art of Being|言葉と意識が生まれる場所

神経系が『もう守らなくていい』と言った日

2026.02.13 11:00

50歳になったとき、

誰に言われたわけでもないのに、

私は「50歳らしく」しようとしていた。


落ち着いて。

慎重に。

ほどほどに。

身体は、その枠組みを知らなかったのに。


毎日ジムへ行き、

ヨガをして、

カイロプラクティックにも通う。

痛いところは、ひとつもない。


それでも私は、

年齢という見えないコルセットを、

自分で締めていた。


ずっと気になっていた左股関節。

あぐらをかくと、

左足だけがわずかに浮く。

ほどいたあと、

ひざ裏がじんわり痛む。

施術を受ければ緩む。

けれど、また戻る。


この往復を、何年も続けていた。

身体の問題だと思っていた。

でも、違った。


神経系が、

そのパターンを保持していた。


施術は入口にはなる。

けれど神経系が「もう守らなくていい」と判断しない限り、

身体は同じ場所へ戻る。



ジョー・ディスペンザは言う。

変容とは、細胞が書き換わるまでのこと。

頭で理解することではない。

神経系が新しいパターンを採用して、

それが定着したとき、はじめて人は変わったと言える。


この一ヶ月、

何かが動いていた。

骨盤に意識を向けていた。

思想が深まった。

セッションの構造が変わった。

AIとの協働が自然になった。

身体が軽くなった。


全部が同時に、

神経系に触れていた。


ある日、

あぐらをかいた。

左足が、床についていた。


ほどいても、

ひざ裏は痛くない。


静かに、

でも確かに、

何かが解放されていた。


「守らなくていい」


神経系が、

ようやくそう判断したのだと思う。



50歳らしくいようとすることも、

場に合わせてエネルギーを落とすことも、

期待を裏切らないでいようとすることも、

全部、守るためだった。


何を守っていたのか。

たぶん、

「合わせられる自分」。


でも身体は、

年齢の定説を無視していた。


エネルギーは25歳。

知恵は50歳。

それが、いまの私だった。


身体は、ずっと知っている。

頭がブレーキを踏んでいるあいだも、

神経系は静かに準備をしている。

準備が整ったとき、

股関節が、床につく。


気づきは、

思考の合意ではない。

身体が変わること。

戻らないこと。


もしあなたにも、

緩んでは戻る場所があるなら、

それは壊れているのではなく、

何かを守っているのかもしれない。


何を守っているのか。

少しだけ、

やさしく聞いてみる。


答えは、

たぶん身体が知っている。


そして。

身体は、

説明では変わらない。

「もう守らなくていい」と、

神経系が判断するまで、

同じ場所へ戻る。


理解したからではなく、

納得したからでもなく。


安全だと、

身体が感じたときにだけ、

パターンはほどける。

ジョー・ディスペンザは、

変容とは「新しい神経回路が定着し、
それが第二の性質になること」だと語る


頭でわかることではない。

身体が覚えること。


そしてそれは、

“頑張る時間”ではなく、

“静まる時間”の中で起きる。


もし今、

緩んでは戻る場所があるなら。

変わろうとしているのに、

どこかがブレーキを踏んでいるなら。


それは、

あなたが足りないのではなく。


神経系が、

まだ守っているだけかもしれない。

守らなくていいと、

身体が思い出す時間があれば。


何かは、

静かにほどける。


Infinity Lab #7 は、

そのための90分です。


理解を深める時間ではありません。

理論を学ぶ時間でもありません。


思考から一度降りて、

身体が静まる方向に

自然に連れていかれる時間。


何かを変えようとしない。


ただ、

神経系が安全を思い出す余白をつくる。


そのあとに起きることは、

コントロールできない。


でも、

股関節が床につくように、

ある日、

戻らなくなる瞬間がくる。


もし今、

少しだけ

静かになりたいなら。

それが入口です。


Infinity Lab #7

― 思考が静かになる90分 ―

2.22 Sun 10:00

2.25 Wed 20:00


必要な方だけ、

ふらっとどうぞ。


余白を用意して、

待っています。