ギャン太郎&開催報告
2月10日(火)第103回おしゃべりサロンを開催しました(参加者6名)
寒い中ご参加いただきありがとうございました。
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今回のおしゃべりサロンでは
違法オンラインギャンブル等対策啓発動画
「ギャン太郎」を鑑賞しました。
正直に言うと
私はアルコール依存症者の家族なのに
あまり引っかかることなく
そのままスーッと観てしまいました(お恥ずかしい・・・)
ところがすぐに次のような点が問題になっていると知りました。
① ギャンブル依存症は複合的な要因で起こる「病気」であるのに
「楽して生きる人生を見つけた」という動機づけの描写が
「ギャンブル依存症になる人は怠け者」という誤解を生む可能性があること。
② 「自分が鬼になった」「自分の中の鬼に打ち勝つ」
と表現している点が「病気」というよりも
意志や根性の問題だという印象を与えかねず
鬼に例えることも不適切だということ。
「ああ、そうだった!」と私は愕然としました。
家族として依存症について学んできたのに
なぜ私は素通りしてしまったのだろう?
もしこれがアルコール依存症の設定だったら、
私はもっと敏感に反応し
すぐに違和感を覚えていたはずです。
思い当たったのは40年も前の私自身の体験でした。
友人に誘われて初めてパチンコに行った時
たまたま私は大当たりして
少しお金が手に入りました。
「本当にビギナーズラックってあるんだな」と驚いたものです。
数年後、夫と旅行中に電車待ちの時間を持て余し
駅前のパチンコ店に入ったことがありました。
後にも先にも夫がパチンコをしたのはその時だけですが
私はというと、以前の記憶がよみがえり、
「また当たったりして」と、少し欲が出ていました。
そして偶然にもまた大当たり。
「私は『持ってる女』なのかも!?」と、少し浮かれました。
その後の生活では、パチンコ店の前を通っても
思い出したり気になったりすることはありませんでした。
ところが、また旅行中に電車待ちの時間ができた時
「パチンコに行きたい」という気持ちが強く湧いてきました。
「また大当たりするかも。
私は『持ってる』かもしれないんだから」
そんな考えで頭がいっぱいになりました。
普段はパチンコ店など気にも留めないのに、
条件がそろうと急に引き寄せられる。
その感覚に私はゾッとして
結局「パチンコで時間をつぶそうよ」
という言葉は飲み込みました。
「楽して生きる人生」という表現は
かなり誇張された言い回しですが
「ちょっと儲かったりして?」程度なら
誰でも少しは考えるのではないでしょうか。
あの時の私は、心の中で別の自分が
「行きたい」と騒いでいるような感覚がありました。
桃太郎のパロディになぞらえるなら
それを「鬼」と表現することもできるでしょう。
そして、もし別の自分に流されていたら
私はこの動画のような状態になっていたかもしれません。
そんな経験があるからこそ、
私はこの動画を違和感なく受け取ったのでしょうか。
「ギャン太郎」の動画は、
未経験の人や初心者にとっては
自分のこととして想像しやすい一方で
当事者や家族の立場から見ると不正確で不適切。
誤解を生む危険があり
傷つくのは当然だと思います。
予防のための抑止と
依存症への正しい理解。
この2つを1本の動画の中でどう両立させていくのか
ひと口に「啓発」と言っても難しいものです。
依存症者の家族を増やしたくないから予防したい
今苦しんでいる家族のために
偏見をなくして相談や家族会につなげたい
簡単ではありませんが、
依存症者の家族として考え続けていきたいと思います。