聴覚障害×音楽 vol.10
『聞こえない子どもだった私が、音楽授業から学んだインクルージョンの本質』(後半)
小学時代での毎年行事ある「音楽会」
合奏発表の前、クラスでは「やりたい楽器に手を挙げる」時間がありました。でも私は、ほとんど選ばせてもらえませんでした。音楽の先生から言われるのは、カスタネット、太鼓、シンバル。「ここで1回ハイって鳴らすだけでいいから」「これなら間違えないでしょ」「簡単だから大丈夫」。その言葉の奥には、聞こえないから、という前提がありました。本当はやりたい楽器がありました。木琴や鉄琴。高学年になったときは運動会で担当する鼓笛隊。鼓笛隊をやるなら、ベルリラやドラムもやってみたいなあと思っていたこともありました。毎年の音楽会には私は、選ぶ側ではなく、決められる側でした。
工夫は、最初からできるものではありません。失敗して、戸惑って、考えて、積み立てていくものです。でも私は、工夫する前に終わらされていた。挑戦する時間を、もらえていなかったのです。
そんな私を支えてくれたのは、振動でした。小学校1年生のとき、母が囃子と和太鼓を習わせてくれました。音は聞こえなくても、叩いたときの振動が身体に伝わる。その振動が、少しずつリズムとして身体に馴染んでいきました。気づけば8年間続けていて、今でも身体が覚えているフレーズがあります。音ではなく、身体の記憶として残っています。
そして小学校4年から担任だった先生が、音楽の先生に私の可能性を話してくれて、先生は私にこう言いました。
「ドラムメジャー、やってみない?」
三人一組で、一人がメイン、二人がサブ。私はサブとして進行を誘導する役割を担いました。私のすぐ後ろにはドラム。振動を感じながら動ける配置でした。
聞こえないから外すのではなく、聞こえないならどう活かすか。その視点が、そこにはありました。
あのとき、初めて思いました。音楽の中で、役に立てている!!と。
私は今、はっきりと言えます。
配慮とは、可能性を縮めることではない。簡単な役を与えることでも、失敗しないように守ることでもない。挑戦できる環境を整えること。工夫を積み立てる時間をつくること。それが本当の配慮ではないでしょうか。
ドラムメジャーを任せてもらえた経験は、私の中に確かな自信を残しました。できた経験は、人生の土台になります。振動を感じ取る力。視覚で全体を見る力。空気を読む力。
それらは今、手話うたのパフォーマンスへとつながっています。もしあのとき、「簡単な役」だけを与えられ続けていたら、私は音楽を好きでいられたでしょうか。任せてもらえた記憶は、今も私を支えています。
今の学校では、音楽の授業にダンスが取り入れられることが増えています。
SNSでも、聴覚障害のある人たちが「ダンスは好き」「振動でリズムを感じられる」と話している声をよく見かけます。
スピーカーの近くで低音の振動を感じたり、鏡越しに動きを合わせたり、視覚的なリズムで踊ることができるからです。
一方で、「曲の切り替わりが分からない」「先生が口頭でカウントを言うだけだとついていけない」という声もあります。ダンスは本来、聴覚に頼らず身体で表現できる活動ですが、授業の進め方が“聞こえる前提”のままだと、やはり壁が生まれてしまいます。
だからこそ、今のインクルージョン教育に必要なのは、当事者の声を聞き、どうすれば一緒に参加できるのかを考える姿勢だと思います。
音楽もダンスも、本来は誰もが楽しめるものだからこそ、参加の仕方を工夫する余地はまだまだあるはずです。
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