沿線冬景色 @福島 2026年 冬
昨日に続いて、JR只見線沿線の冬景色を巡る旅。今日は福島県側で、列車に乗って会津若松~只見間を乗車し車窓から景色を眺め、只見町では「第53回 只見ふるさとの雪まつり」会場を訪ねた。
今年も福島県の会津地方は雪が多く、只見線沿線の山間にあたる金山町と只見町では早々に積雪1mを越えた。そして、只見線は先月11日から列車の運休が発生した。*下記事出処:福島民報 2026年1月10日~31日付け紙面 *一部、筆者にてモザイク加工、“只見線”に赤字枠記入
2月に入ると、福島県内の雪による運休はほぼ只見線だけになった。*下記事出処:福島民報 2026年2月1日~14日付け紙面 *一部、筆者にてモザイク加工、“只見線”に赤字枠記入
只見線の区間運休は、会津坂下~小出、会津川口~小出、会津川口~大白川と狭まったが、JR東日本(新潟支社)はいち早く福島‐新潟県境の只見~大白川(六十里越区間)を“当面の間運転取り止め”の決定をした、*下図出処:東日本旅客鉄道㈱新潟支社「只見線の今後の運転計画について」(2026年2月10日) URL: https://www.jreast.co.jp/aas/20260206_20250206_ni11.pdf
残る不通区間だった会津川口~只見(27.6km、福島県保有区間)は、昨日ようやく運転を再開した。「第53回 只見ふるさとの雪まつり」に合わせたような、先月29日から16日ぶりの運転再開だった。
今日は、会津若松~只見間を往復乗車し、列車が只見駅に停車している1時間30分で「只見ふるさとの雪まつり」会場や駅周辺の様子を見て回ることにした。
天気予報は、昨日に引き続き晴れで、車窓から沿線の雪景色を見ることを楽しみに旅に臨んだ。
*参考:
・福島県:只見線ポータルサイト
・NHK:新日本風土記「動画で見るニッポンみちしる~JR只見線」
・産経新聞:「【美しきにっぽん】幾山河 川霧を越えてゆく JR只見線」(2019年7月3日)
・東日本旅客鉄道株式会社:「只見線について」(PDF)(2013年5月22日)/「只見線(会津川口~只見間)の鉄道復旧に関する基本合意書及び覚書」の締結について(PDF)(2017年6月19日)
・拙著:「次はいつ乗る?只見線」カテゴリ -只見線の冬-
今日は、郡山市から旅を開始。
10時前に自宅を出発すると、郡山駅上空は雲一つない青空が広がっていた。
10:15、切符を購入し、磐越西線のホームから乗り込んだ会津若松行きの列車が出発。
列車が沼上トンネルを抜けて会津に入ると、田畑が雪に覆われるようになった。
猪苗代を出ると田園の雪原越しに、両裾を大きく広げた日本百名山「磐梯山」(1,816.0m、会津百名山18座) が綺麗に見えた。
11:21、会津若松に到着。駅舎周辺には、ほとんど雪は見られず、ここでも上空には快晴の青空が広がっていた。
只見線の列車の発車時刻まで時間があるので、買い物をした。
まずは、渡辺宗太郎商店「會津酒楽館」に行き、列車内で呑む“雪見酒”を入手。
この後、スーパーに移動し、昼食とアテを購入した。
駅に戻り、只見線の運行状況を確認。沿線に降雪の心配は無いが、快晴による気温上昇で雪崩発生の可能性もあるので少し不安だった。
しかし、改札前に置かれたホワイトボードを見ると、出発前に確認した情報と変わらず、会津若松~只見間の折返し運転に支障は出ていないようだった。
「ぽぽべぇ」の見送りを受け、改札を通り只見線のホームに向かおうとするが...、
頭上の列車案内に見慣れぬ文字を見た。観光列車びゅうコースター「風っこ」号が「ストーブ喜多方」号(郡山~喜多方)として運行され、まもなく発車時刻になるようだった。急ぎ2番線に行くと、横断幕を掲げるなどしたスタッフに見送られ発車するところだった。
私も「風っこ ストーブ喜多方」号を見送った後、同じホームのベンチに座って昼食を摂った。
食事を終え、連絡橋を渡り只見線の4-5番線ホームに向かった。橋上から見る空は快晴で、右奥には「磐梯山」も見えた。
12:55、只見行きの列車が入線。ホームに着いた時には客5名が並んでいたが、この時には15名ほどになっていた。
只見町の雪まつりもあることから2両編成だと思っていた列車は、なんとキハE120の単行(1両編成)がった。
13:05、只見行きの列車が会津若松を出発。車内に満員電車のような混雑は起こらず、空席が数箇所見られ、相席を避けたと思われる若者が数人車両の両端に立っている程度だった。
七日町、西若松を経て大川(阿賀川)を渡った。上流側には「大戸岳」(1,415.7m、同36座)の山塊が見えた。
会津本郷を出発直後に会津若松市から会津美里町に入った列車は、ほとんど雪が融けた田園の間を駆けた。
会津高田手前では、左車窓から「博士山」(1,481.7m、同33座)と「明神ヶ岳」(1,073.9m、同61座)が見えた。
会津高田を出て、右に大きく曲がり“高田 大カーブ”を抜けた列車は、進路を北に変えて田園の間をしばらく進んだ。一面雪に覆われた田が見られたと思ったが、
雪融けした田も続き、結局この“融雪田”が圧倒的に多かった。今冬、会津平野の雪は昨年ほどではないようだった。
根岸、新鶴を経て、若宮手前で会津坂下町に入った列車は、しばらくすると左に大きく曲がり再び西に変え会津坂下に停車。立ち客の大半はここで降り、途中乗車も無かったことから、車内はより静かになった。
上り列車との交換を終え会津坂下を出発すると、右に大きく曲がり七折峠の登坂を始めた。
登坂途上、木々の間から晴れ渡った空の下に広がる会津盆地が見通せた。
塔寺を経て、登坂を終えた列車は下り途上の“坂本の眺め”を通過。木々の間から“飯豊連峰”を見るが、山頂付近は不揃いの雲に覆われ、また霞んでいることもあり、よく見えなかった。*参考:公益財団法人 福島県観光物産交流協会「ふくしま30座」飯豊山
この付近は奥会津との界となる七折越付近ということもあってか、田畑の雪は会津平野より多かった。
列車は、会津坂本に停車。貨車駅舎(待合室)に描かれた「キハちゃん」が迎え、そして見送ってくれた。*参考:会津坂下町「只見線応援キャラクター誕生!!」(2015年3月13日) https://www.town.aizubange.fukushima.jp/soshiki/2/3337.html / YouTube「キハちゃんねる」URL: https://www.youtube.com/channel/UChBGESkzNzqsYXqjMQmsgbg
列車は会津坂本を出発すると、まもなく柳津町に入った。これを機に“雪見酒”を呑み始めた。「會津酒楽館」で選んだのは「会津娘 芳醇純米酒 上汲み」(高橋庄作酒造店)。
アテは、新潟限定だが会津若松市の一部店舗では買える「サラダホープ」。
「会津娘」は、ほど良い甘みが印象的な旨い酒だった。吟醸酒を思わせる香りとまろやかさも味わえ、陽光を浴びた雪景色を眺めながら呑む一口一口は格別だった。
列車は会津柳津に停車するため減速。先頭の窓から、ホームに立ち並ぶ多くの客を見て、呆気にとられた。
ワンマン運転にもかかわらず運転手から、『会津柳津駅からツアー客が乗車し、車内が混雑しますのでご容赦ください』旨の車内放送があったとはいえ、ここまで多いとは思わず、『(1両編成なのに)この客数とは...』と独り言ちた。
ただ、会津柳津に停車すると10名弱の客が降りたこともあり、このツアー客の一部は座ることもでき、車内は身動きができないほどの混雑になることはなかった。
会津柳津を出た列車は、郷戸、滝谷を経て「滝谷川橋梁」を渡り三島町に入った。そして、会津桧原を出た桧の原トンネルを抜けると「第一只見川橋梁」を渡った。*以下、各橋梁のリンク先は土木学会附属土木図書館デジタルアーカイブス「歴史的鋼橋検索」
上流側、駒啼瀬右岸の上部に立つ鉄塔に向けてカメラをズームにすると、「第一只見川橋梁ビューポイント」のDポイントに7人の“撮る人”が居て、その下段Cポイントにも5つの人影が見られた。
渡河後に名入トンネルを抜け会津西方を出た直後には、「第二只見川橋梁」を渡った。*第一、第二ともに架かる只見川は東北電力㈱柳津発電所・ダムのダム湖
会津宮下を出ると、東北電力㈱宮下発電所の背後と宮下ダムの脇を走り抜け、列車は「第三只見川橋梁」を渡った。*只見川は宮下ダム湖
渡河後、滝原トンネルと早戸トンネルを立て続けに抜け早戸を経た列車は金山町に入った。
そして、狭隘な土地に数軒の家が並ぶ下大牧集落の背後を駆けた。雪に囲われた大屋根を取り囲む山間の風景は、今日も見ごたえがあった。
会津水沼を出ると、まもなく「第四只見川橋梁」を渡った。*只見川は宮下ダム湖
14:57、列車は会津中川に停車。ホームの背後の雪に覆われた田には、10本ほどの“線”が見られた。
ここでは、昨夜3年振りとなる「なかがわ雪月列火」が行われ、大いに賑わったという。
*参考:拙著「金山町「なかがわ雪月列火」 2019年 冬」(2019年2月16日)
会津中川を出た列車は、大志集落の背後を駆けると徐々に只見川に近づき、右岸縁に沿って大きく右に曲がった。車内放送で『右側、振り返ると只見川と大志集落が綺麗に見えます』と案内されるとほとんどの客が右車窓に近づき歓声を上げ、スマホなどで撮影していた。
今日は只見川(上田ダム湖)に水鏡も現れ、良い風景が見られたが、川面が緑だったため少し惜しい気がした。
条件が良ければ、冴えた川面の水鏡に青空や大志集落、背後に連なる「岳山」山塊が映り込み、息をのむ光景が現われる。
15:05、列車は会津川口に停車。各橋梁で“観光徐行”があったため、7分ほど遅れての到着だったが、客のほとんどが観光目的で、小出駅での列車との連絡などにも配慮する必要がないため、大いに許される遅延だと思った。
会津柳津駅から乗り込んだツアー客は、ホームなどで景色を眺めたり写真と撮るなどした後、駅頭に付けられた観光バスに乗り込んでいった。
駅頭に出て駅舎を見上げると、屋根に載った雪は1mに満たないようで、せせり出ててもいなかった。
駅舎に入り売店に買い物をし、その脇に立てられていたホワイトボードに貼られた“Youはどこから?”を見た。台湾からのインバウンドが突出していて、以下香港、中国の欄に多くのシールが貼ってあった。韓国からの訪問が少ないのが気になったが、イギリスの他欄外にフランスやドイツ、ロシアなどから複数人が訪れている事に嬉しく思った。
ホームに移動しようと駅舎を出て、雪の壁に半分姿を隠す列車を眺めた。
構内踏切を渡る手前では、融雪装置によって無雪になっているポイントと、その先に停車している除雪車を眺めた。今冬、まだ活躍することはあるのだろうかと思った。
ホームに着いて写真を撮ろうと北端に向かってゆくと、違和感があった。駅名標が撤去されていたことに気づき、『なぜ⁇』と思った。
只見線は現在1両か2両編成の定期運行で、この場所の駅名標は不要かもしれないが、管理コストは掛からないだろうから、耐用年数までそのままにしておけばよかったのに...と考えてしまった。
15:26、多くの客が待つ反対の番線に、只見発・会津若松行きの列車が入線してきた。キハE120の2両編成だった。
列車が停車して、驚いた。なんと降りた客のうち10名ほどが、私が乗る只見行きの列車に乗り込んできたのだ。全員が中華系のインバウンドで、車窓からの雪景色を満喫するために、只見~会津川口間を往復乗車するのだろうかと思った。
15:29、25分ほどの停車時間が終わり、只見行きが会津川口を出発。
さっそく、駅売店で購入した「赤べこ堂」(柳津町)の玄米団子(つぶあん)をアテに、「会津娘」を呑んでみた。想像通り、なかなかの相性だった。
列車は只見川の右岸縁を駆け、西谷信号場跡の広場を抜けると「第五只見川橋梁」を渡った。右岸の国道252号線上では6人の“撮る人”が、こちらにカメラを向けていた。一眼レフを構える女性も2人居た。*只見川は東北電力㈱上田発電所・ダムのダム湖
本名を出た列車は国道252号線を跨ぎ、下路式の「第六只見川橋梁」を渡った。
上流側直下にある東北電力㈱本名発電所・ダムからの放流は見られなかった。
渡河後に本名トンネルに入った列車は、潜り抜けてまもなく只見線(135.2km)中間点を示す看板(ここが、只見線の真ん中だ!)の前を通過。
会津越川、会津横田を経た列車は「第七只見川橋梁」を渡り、風紋が見られる雪原を駆けた。
会津大塩を出発し、滝トンネルを抜けた列車は只見町に入った。左車窓から見えた只見川には冴えた水鏡が現われ、周囲の景色を鮮明に映していた。*只見川は電源開発㈱滝発電所・ダムのダム湖
会津塩沢を出発すると、まもなく只見川に架かる最後の橋「第八只見川橋梁」を渡った。*只見川は滝ダム湖
渡橋を終え列車が宮原集落の背後を通り、墓地踏切を渡る手前で手を振る方々がいた。“いつもの”ご家族で、2階の窓からお祖母さんと下の子が“ありがとう”と記された幕を垂らし、お母さんと上の子が雪上で、それぞれ手を列車に向かって手を振って下さっていた。
集落を過ぎると、列車は右に大きく曲がり、雪原上に西陽による陰影を見せる蒲生原を見下ろしながら進んだ。直上に陽を頂く只見四名山「浅草岳」(1,585.3m、同29座)の山影もくっきりと見えた。*参考: 一般社団法人東北観光推進機構「只見四名山」
会津蒲生を出て蒲生川を渡ると、“撮る人”と大きく手を振って下さる方が居た。
列車が八木沢集落の背後を駆けると、左車窓から只見川越しに只見四名山「会津朝日岳」(1,624.1m、同27座)が連なる山稜が見えた。
この後列車は、ゆっくりと只見線最長の「叶津川橋梁」(372m)を渡った。
列車が叶津川上にさしかかると、視界の左端に雪の上に立つ小さな影が見られた。そちらに向けてカメラをズームにすると、5人の“撮る人”が居た。
渡河後、左車窓から赤い大屋根越し只見四名山「蒲生岳」(828m、同83座)を眺めた。尖がった山容は、“会津のマッターホルン”に相応しいと思うと同時に、視界を横断する電線が地中化できないものかと、改めて考えた。
16:30、現在の終点となる只見に到着。
ホームの北端にもある駅名標を入れて写真を撮ろうと移動すると、なんとここでも駅名標が撤去されていた。『JR東日本、徹底しているなぁ』と妙に感心してしまった。
ホームから駅舎までの長い連絡道を歩き、途中、右に聳える只見四名山「要害山」(705m、同91座)を見上げた。
駅頭に出ると、2022年10月1日只見線全線運転再開からの日数を表示しているカウントボードは、1233(日)となっていた。『明日、1・2・3・4と並ぶのかぁ』と、ちょっと惜しい気がした。
停車中の列車を撮影しようと、駅舎の北にある上野原踏切に向かった。
踏切内に下りようと思ったが、除雪面が2m近く垂直に切り立っていたため断念し、雪上から停車する列車を撮影した。駅からはるか後方の“寝観音様”の山並みと列車が収まらず、残念だった。*“寝観音様”:「猿倉山」(1,455m)から「横山」(1,416.5m)に至る稜線
『次は南端から』と移動を始めると、排雪された雪の上に人影が見られた。雪まつり会場で18時30分から打ち上げ予定の花火を背景に駅を撮影するのだろうかと思った。
駅舎南に近接する、宮道踏切に到着。只見駅は“棒線化”され、片側の番線のみ使用されているが、降雪期は車庫に入った除雪車を本線に入れるため、南側からは“交換可能駅”に見えてしまった。
列車の撮影を終え、「只見ふるさとの雪まつり」会場に向かった。
駅の南に設けられた、会場の入場門は曲り家風の雪像だった。
会場に入ると、右側に大雪像があった。今年の大雪像は、今秋から来夏にかけて開通予定の国道289号線「八十里越道路」の巨大な橋梁。橋脚の高さが80mを越える「第5号橋梁」と思われるが、プロジェクションマッピング(18時~)による光の投射が“完成形”ということもあってか、この時は巨大な雪塊に見えてしまった。
会場は多くの来場者で賑わい、会場をぐるりと囲む食べ物や地産品を販売する屋台には人だかりができていた。そして、“雪遊びコーナー”周辺では、子ども達が元気よく動き回っていた。
雪まつり会場を一通り見て、駅周辺の様子を見て回ることにした。除雪面は高い所で優に2mは越え、雪重で凹んだ家の屋根も見られた。
国道252号線に出ると、乾いた路面が延びていた。ただ、道の脇に並ぶ建物と建物の間には、“除雪山”も見られた。
国道沿いの「松屋」で買い物を済ませ再び駅周辺を歩き、陽が落ち暗くなってから、再び雪まつり会場に向かった。入場門は暖色系の光でライトアップされていた。
会場に行き大雪像を見ると、LEDの鮮明な光を受け山間に架かる「第5号橋梁」が浮かび上がって見えた。*参考:国道交通省 北陸地方整備局 長岡国道事務所「国道289号 八十里越」/ ㈱大林組「OBAYASHI Thinking」越後への八十里越、峠に3本の橋脚がそびえる(2019年8月1日)
プロジェクションマッピングは、列車の出発時刻より後の18時10分からということで見られなかったが、これが見られただけ良かったと思い只見駅に戻った。*下記事出処:福島民報 2026年2月14日付け紙面 *一部、筆者にてモザイク加工
駅舎を出て、乾いた長い連絡道を歩きホームに向かった。除雪された雪、積もったままの雪塊が煌々と輝く構内灯で陰影をつくり、良い眺めだった。
18:01、会津若松行きの最終列車が只見を出発。客は10人ほどで、よく見ると往路で乗車していたインバウンドなどの観光客が大半だった。
今回も「小さな旅ホリデー・パス」にお世話になった。頻繁に只見線の列車に乗る身にはありがたい切符で、郡山~只見間を日帰り旅をすると効果は絶大で、今日も浮いた分を旅先での出費に回すことができた。
20:55、深い闇に包まれた奥会津、民家の灯りが点在する会津平野を駆けた列車は、定刻に終点の会津若松に到着。この後、磐越西線の列車に乗り換えて、帰宅の途についた。
(了)
・ ・ ・ ・ ・
*参考:
・福島県 :只見線管理事務所(会津若松駅構内)
・福島県・東日本旅客鉄道株式会社 仙台支社:「只見線全線運転再開について」(PDF)(2022年5月18日)
・福島県:平成31年度 包括外部監査報告書「復興事業に係る事務の執行について」(PDF)(令和2年3月) p140 生活環境部 生活交通課 只見線利活用プロジェクト推進事業
【只見線への寄付案内】
福島県はJR只見線全線復旧後の「上下分離」経営での維持費や集客・地域振興策の実施費用として寄付を募集中(クレジット可)。
①福島県ホームページ:只見線復旧復興基金寄附金
・只見線応援団加入申し込みの方法
*現在は只見線ポータルサイト「只見線応援団」URL:https://tadami-line.jp/support/
②福島県:企業版ふるさと納税
URL:https://www.pref.fukushima.lg.jp/sec/16005g/kigyou-furusato-zei.html
[寄付金の使途]
(引用)寄附金は、只見線を活用した体験型ツアーや周遊ルートの整備、只見線関連コンテンツの充実化等に活用させていただきます。 沿線地域における日本一の秘境路線と言われる観光資源を活用し、更なる利用者の拡大と認知度向上を図ります。
以上、宜しくお願い申し上げます。