安洞院のお香セレクト〜お香発祥の地を訪ねて〜
香りとは、とても面白いものです。さまざまな記憶と結びついていることも多くあります。ふとした瞬間に香りから記憶が蘇るということもよくあります。
安洞院でいつも使っているお香は何ですか?というご質問もよくいただきますが、実はこれといったお香を常時使用しているわけではなく、気温や湿度、その日の行事や天気によって日々セレクトしています。
安洞院の本堂では、法要や坐禅が中心となりますので、ここで使用するお香はいわゆる「辛口」の香りになります。禅寺らしく、背筋がピンと伸びるような、沈香をベースに辛口のお香をよく用います。ややスパイシーな八角や丁子の香りがするのは、そのような香辛料がお香の原料となっているからです。
時にはスポット的に香りを使用する場合もあります。
例えば今の季節はお釈迦さまの命日にちなんで涅槃図を本堂に展示しています。ここではあえてほのかに甘辛い白檀(サンダルウッド)のお香を使用しています。凛とした空間の香りの中に、お釈迦さまの涅槃図から漂うエキゾチックな白檀の香りは、あたかも東南アジアのその地にいるような気分にさせてくれます。
それにしても当院の涅槃像のお釈迦さまは良い表情をされていますね。
冬にはあたたかい甘い香り、蒸し暑い夏には涼やかな辛口な香り。ある程度そのようなセオリーもあるのですが、これから寒暖の差が激しく、天候も変化しやすい春は日や時間帯によって刻々と体感が変化していくため香りもそれに応じて考えています。
日本で最初にお香が歴史上に登場するのは日本書紀の頃に遡ります。淡路島の島人が海に打ち上げられた流木を竈で燃やしたところ、何ともいえない高貴な香りに包まれたという伝説が息づいています。現在、その場所には枯木神社なる神社が建立され、我が国のお香の発祥の地として由緒沿革が記されています。
<以下の画像は住職が2019年7月に訪問した時のものです>
目に見えない、これまで聞いたこともないような未知の香りを前に、先人たちはどんな感情を抱いたのでしょうか。そこからお香は源氏物語の世界や平安の貴族たちの世に、財や権力の象徴として、また高貴で雅なステータスの象徴として世に広がっていきます。
お寺を訪ねた時にふわっと香るお香。そこには目に見えないけれども私たちの心の奥底に響く何かが秘められています。
朝、お寺の玄関を開けて外の風と日差しを浴びながら、安洞院では今日もお参りの皆様を思い、選りすぐりのお香を焚いています。人が来ることも来ないこともありますが、ただ無心になって四季の空気と対話をしながら香りを聞いている時間が、お寺に住むもののささやかな楽しみでもあるのです。
朝の玄関で一人、にこにこと深呼吸をしている住職を見つけましたら、まさにそんな時なのであります。
この週末も、ご来寺を心よりお待ち申し上げます。
住職