設計の品格。無駄を削ぎ、贅を尽くす。
「家を建てるなら、少しでも安くしたい。でも、性能やこだわりは諦めるしかないのかな……」
家づくりを始めると、多くの方が「予算の壁」にぶつかります。キッチンのグレードを下げたり、照明を減らしたりと、細かい「引き算」に疲れ果ててしまう方も少なくありません。
しかし、30年以上設計と現場を見続けてきた私からお伝えしたいのは、予算を決める一番の鍵は、設備の値段ではなく「設計者の描き方」にあるということです。
同じ広さの家でも、描き方ひとつで建築費は100万円単位で変わります。その理由を、プロの視点で分かりやすくお話しします。
1|その「廊下」に160万円払えますか?
間取り図を見るとき、ついリビングの広さや部屋の数に目が行きがちですが、実は「通路」にどれだけのお金がかかっているか意識したことはありますか?
例えば、家全体で合計4畳(=2坪)の廊下があったとします。
もし坪単価が80万円だとしたら、その通路を作るためだけに160万円の費用が発生している計算になります。
160万円あれば、キッチンの性能を最高クラスにしたり、家中の窓を断熱性の高いものに変えたりすることもできます。ただ通り過ぎるだけの空間に、それだけの大金を払うのはもったいないと思いませんか?
・階段の位置を工夫して、各部屋への距離を短くする
・水回りをまとめて、家事の動線をコンパクトにする
・廊下という考えを捨て、リビングの一部を通路として使う
これだけで、暮らしの心地よさはそのままに、無駄な面積だけをスッキリと削ぎ落とせます。「面積は小さいけれど、狭く感じない」。これこそが、設計者の腕の見せ所なのです。
2│「シンプルな箱」は、性能とコストを両立する王道
SNSで見かけるような、デコボコした外観や複雑な形の屋根は、確かに「かっこいい」と感じるかもしれません。しかし、プロの視点で見ると、そこには多くの「隠れたコスト」が眠っています。
建物の形が複雑になればなるほど、外壁の面積が増え、材料も手間も余計にかかります。さらに恐ろしいのは、形が複雑なほど冬は寒く、将来の雨漏りリスクも高まるという点です。
私がお勧めするのは、「シンプルな箱型の総二階」です。
一見、普通すぎるように感じるかもしれませんが、実はこれが「最高の形」です。
・外壁の面積が最小限になり、建築費が抑えられる
・構造が安定して、地震に強い家になりやすい
・熱が逃げにくく、冬暖かく夏涼しい家になる
シンプルに作ることは、建てる時の費用だけでなく、住み始めてからの電気代や、将来の修理代まで抑えてくれる。住む人にとって、一番優しい選択なのです。
3│「足し算」の夢より、「逆算」の現実を
大手ハウスメーカーの打ち合わせでよくあるのが、最初に「あれもこれも」と要望を詰め込んだ大きなプランを見て夢を膨らませ、あとで見積もりを見てガッカリする……というパターンです。そこから予算に合わせるために、こだわりを削っていく作業は、本当にしんどいものです。
私は、この順番が間違っていると考えています。正解は、最初から予算をベースに逆算して組み立てること。
私はまず、家づくり全体で使える予算をはっきりさせます。そこから「この金額なら、これくらいの広さがちょうどいいですね」と、無理のないスタート地点を決めます。
「やりたいことを全部入れてから引く」のではなく、「予算という器の中に、大切なものから丁寧に入れていく」。この順番を守るだけで、家づくりのストレスは驚くほど減り、満足度は上がります。
4│豊かな空間は「広さ」ではなく「整え方」で決まる
「開放感が欲しいから、大きな吹き抜けを」という希望もよく伺います。しかし、ただ空間を広げればいいわけではありません。
冷暖房の計画がしっかりされていない吹き抜けは、冬は足元が寒く、ただ電気代を無駄遣いするだけの場所になってしまいます。
本当の意味での「豊かな空間」とは、数字上の広さではなく「視線の抜け」で作るものです。
・無駄な壁を減らして、部屋の端まで視線を通す
・窓の位置を計算して、外の景色を家の中に取り込む
・柱の並びを整えて、見た目のノイズを消す
こうした「整え方」を突き詰めると、空間は驚くほど美しく、広く感じられます。そして構造がシンプルになれば、結果として建築費も予算内にバチバチに収まっていくのです。
5│設計者を選ぶ、たった一つの基準
これからパートナーとなる設計者や工務店を選ぼうとしている方に、ぜひ持っていただきたい視点があります。
それは「どんな素敵なデザインを提案してくれますか?」ではなく、
「この予算で、私の暮らしをどう組み立ててくれますか?」と聞いてみることです。
イメージやデザインを語ることは誰にでもできます。しかし、予算・性能・見た目。この3つを同時に成り立たせ、1cmの無駄もなくパズルのように組み合わせる。これこそが、プロの建築士がすべき仕事です。
家づくりは、人生で一番大きな買い物です。だからこそ、表面的な華やかさに惑わされず、あなたの予算と真剣に向き合ってくれるプロを見つけてください。
おわりに
家は一生に一度の大きな買い物です。160万円の差は決して「誤差」ではありません。お子さんの教育資金や、家族での旅行、これからの生活を豊かにするための大切なお金です。
だからこそ、削る場所を間違えないでください。
削るべきは、なんとなく描かれた「無駄な面積」です。
絶対に削ってはいけないのは、家族の安全と健康を守る「性能と構造」です。
今、お手元にある間取り図をもう一度眺めてみてください。
その広さ、本当に掃除できますか?
その凝った形は、誰のためにありますか?
見栄を捨て、自分たちの暮らしにちょうどいいサイズの「器」を作ること。それが、予算内で最高の満足を手に入れる、一番の近道だと私は信じています。