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「宇田川源流」【大河ドラマ 豊臣兄弟】 兄弟の絆と兄弟だからこその同族嫌悪の比較

2026.02.17 22:00

「宇田川源流」【大河ドラマ 豊臣兄弟】 兄弟の絆と兄弟だからこその同族嫌悪の比較


 毎週水曜日はNHK大河ドラマ「豊臣兄弟」について好き勝手な感想を書いている。それにしても今回の内容は豊臣兄弟、秀吉と秀長という二人の「兄弟」と、織田信長・信勝これから多分長益(有楽斎と書いた方がわかりやすい人がいるかもしれませんが)等も出てくると思いますが、その織田家の「兄弟」との差が様々に出てくるという形ではないかと考えている。

その織田信勝ということに関して少し見てみよう。なにしろ豊臣兄弟の絆は今後一年を通じて様々な形で書かれますから織田兄弟の方を見てみましょう。

 と織田信勝の関係は、単なる兄弟の確執という言葉だけでは片づけられない、戦国時代特有の家督争いと個人的感情が複雑に絡み合ったものでした。二人は同じ父・織田信秀の子として尾張に生まれ、幼少期には同じ城で育ち、同じ家臣団に囲まれて成長しています。その時期の二人の間には、後世に伝わるような激しい対立はまだ見えず、むしろ同じ一族としての連帯感の方が強かったと考えられています。戦国武将の子として、兄弟であっても幼いころから武芸や学問、家臣との関係づくりを競い合う環境に置かれていましたが、それは当時の武家社会ではごく自然なものであり、必ずしも憎悪を意味するものではありませんでした。

 しかし父・信秀が没すると状況は一変します。織田家の家督を誰が継ぐのかという問題が、単なる家族内の問題ではなく、家臣団や周辺勢力の利害を巻き込む政治問題へと変化したのです。信長は嫡男でありながら若いころの奇抜な振る舞いから一部の家臣に軽視され、「うつけ」と評されていました。一方で信勝は、礼儀正しく聡明であると見られ、家臣の中には彼こそが当主にふさわしいと考える者も少なくありませんでした。この評価の違いが、兄弟の関係に微妙な緊張を生み出します。最初の段階では、信長の側にも弟を完全に排除しようとする意思は強くなかったとされ、信勝を一門の有力な武将として扱おうとする姿勢も見られました。ここにはまだ血縁としての情や、同じ家を背負う者同士の連帯感が残っていたといえます。

 ところが周囲の家臣や母の影響、そして戦国大名としての現実が、二人の距離を急速に広げていきます。信勝の側には「より安定した当主」を望む家臣が集まり、信長の側には「強い指導力」を期待する者が集まるようになりました。この構図は、兄弟の個人的な感情よりも、家臣団の思惑や政治的判断によって対立が増幅された面が大きいのが特徴です。互いに直接の憎悪を抱いたというより、「相手が存在することで自分の立場が脅かされる」という恐れが感情を硬化させていったと見る方が実態に近いでしょう。戦国時代においては、血縁であっても家督をめぐる争いは生き残りの問題であり、妥協はすなわち滅亡につながりかねませんでした。

 信長は最終的に織田家の主導権を確立する過程で、信勝の存在を政治的に危険なものと判断するに至ります。そこには兄としての情と、当主としての決断の間で揺れる心理があったと考えられています。史料には、完全な冷酷さだけでなく、何度かの和解の機会があったことも示唆されており、単純な憎しみ一色の関係ではなかったことがうかがえます。むしろ「兄弟でありたい心」と「当主として排除せざるを得ない現実」との板挟みこそが、この関係の本質でした。

 結果として二人の関係は悲劇的な結末を迎えますが、その背景には個人的な怨恨だけでなく、戦国という時代の構造的な残酷さが横たわっています。もし彼らが平和な時代に生まれていれば、有能な兄と堅実な弟として協力関係を築いた可能性も十分にあったでしょう。兄弟としての絆は確かに存在していましたが、それ以上に大名家の存続という重圧が重くのしかかり、互いを信じきれなくさせたのです。信長と信勝の関係は、血縁が必ずしも信頼や愛情だけで結びつくわけではなく、権力と責任が加わることで容易に対立へと変質してしまう戦国武家社会の縮図であったと言えます。

<参考記事>

【豊臣兄弟!】第6話視聴率は11・8% 仲野太賀の演技にネット絶賛の嵐「泣きました」「三回見た」「凄すぎ」

2/16(月) 12:10配信 スポーツ報知

https://news.yahoo.co.jp/articles/d55475aca8e146759b83cd68db696336cfa000d2

<以上参考記事>

 今回最も印象に残ったのは、信長の冷たさではないでしょうか。今夏は織田信長(小栗旬さん)が、弟・織田信勝(中沢元紀さん)を殺さなければならなかったいきさつを出して、ここまで藤吉郎秀吉(池松壮亮さん)と小一郎秀長(仲野太賀さん)の関係とのの絆と比較するということになります。

ところで、皆さんの身近なところでも、かなり仕事のできる人が、非常に冷徹で人のことを信用しないということがあり、一方で、多くの人を虜にして全ての人を味方につけてしまうような人がやはり仕事ができるということです。ある意味で「性善説」と「性悪説」の両極端が仕事が出来る人で、中途半端な人が仕事ができなくなってしまうということになります。その様に考えれば、その「人を信用しない冷徹」の象徴が信長であり「多くの人を虜にしていつの間にか助けられる」というタイプの象徴が秀吉であったということではないでしょうか。

その「性悪説」が「性善説」を試したということが今回の内容ではないかと思います。そしてその二つの関係を小一郎が巣食うということではないでしょうか。大沢次郎左衛門(松尾諭さん)が幸福に木て秀吉が人質でいるにもかかわらず、信長は大沢を殺せという。その様にすれば、小一郎は生き残るが、秀吉は死ぬということは確実です。しかし、小一郎は、「信用」を訴え、そのうえで大沢に自分を殺せと信長や重臣の前でいいます。それに対して大沢が「出家する」として、城を明け渡すという展開です。この展開そのものに関しては、時代劇にとってはよくあるような内容であろうと思います。そしてその展開に、前田利家(大東俊介さん)がその内容の裏側を教えるということが出てきます。後の展開から前田利家と秀吉は仲が良いが、佐々成政(白洲迅さん)とは仲が悪く、後に悲劇的な結末を迎えるということの伏線がここに入っているというのはなかなかうまくできています。

そして信長の本音は最後のシーンで出てきます。信長は市に「もしかしたら、見てみたかったのやもしれぬ」「(弟が)兄を見殺しにして、のし上がろうとする姿をじゃ」と吐露したところが上げられます。このような信長の猜疑心が後に本能寺の変につながるということになるのではないでしょうか。

そして秀吉が帰ってくると、寧々(浜辺美波さん)に求婚するということになります。普通の太閤記では、寧々への球根は、前田利家と秀吉が争うということになっていますが、今回の豊臣兄弟では秀吉が大沢次郎左衛門と同じように真心で口説き落としたということも、ある意味で信長と秀吉の対比が出てきているのではないでしょうか。