『HELP/復讐島』レビュー|サバイバルで勝った人間は、本当に成功者なのか?
※内容よりも“映画の構造についての”レビューです。
映画館の中で、何度も笑ってしまった。
ホラーのはずなのに、どこか滑稽で、やりすぎていて、思わず肩が揺れるような瞬間がある。
たとえば、イノシシを狩るシーン。
アドレナリンが振り切れて、主人公の表情はもう引き返せないところまで行っている。仕留めたあと、「癖になりそう」と口にする彼女は、どこかサイコパスのようにも見えた。
笑っているのに、背中が少し冷える。
この映画は、そういう温度で進んでいく。
レイチェル・マクアダムス主演の『HELP/復讐島』は、軽いコメディの顔で始まりながら、いつの間にか冷たいホラーへと変わり、最後には現代のセルフヘルプ文化そのものに静かな皮肉を残していく。
観終わったあとに残るのは、爽快感ではない。
何かが少しずれている。そんな感覚だけが、ゆっくり体に残る。
1|島よりも孤立していたもの
舞台は外界から切り離された島。
けれど、本当に孤立しているのは場所ではない。そこにいる人間たちの神経そのものだ。
主人公のリンダは常に戦っている。CEOのブラッドは、常に傷ついた側に座ろうとする。
どちらも降りない。どちらも譲らない。 「生き延びること」を最優先にする脳は、他者を共感の対象ではなく、排除すべき障害物としか認識しない。
この物語は、サバイバルモードのまま出会ってしまった人間たちの終わらない消耗戦にも見える。
2|「話すこと」が癒しにならない夜
物語の途中、酒を酌み交わし互いの過去を独白するシーンがある。通常の映画なら、ここで心の交流が生まれ、癒し(セラピー)が起きるはずの局面だ。
しかし、何も起きない。
なぜか? 彼らは「理解」したいのではなく、相手の弱みを握り「優位」に立ちたいだけだからだ。対話に見えるものは、単なるポジション争いに過ぎない。その冷徹な描写を目にした瞬間、この映画が「救済の物語」ではないことが確定する。
3|恐れで生きるか、創造で生きるか
人はいつも、ふたつのモードのあいだを行き来している。
・恐れから動くサバイバル・何かを生み出すクリエイティブ
主人公が磨き上げていくのは、後者ではない。
それは、驚くほど洗練された生存戦略だった。
他者は味方ではなく、利用するか、排除するか。
島で彼女が身につけたのは、生き延びるための完璧な技術だった。
4|レイチェル・マクアダムスが脱ぎ捨てたもの
今作のレイチェルは、私たちが知る「愛されキャラ」を徹底的に破壊している。 血を浴び、泥にまみれ、47歳というキャリアの節目で「可愛さ」を投げ捨てる覚悟。
彼女が演じる主人公は、有能だ。仕事もでき、サバイバル能力も極めて高い。 だが、その能力は決して「幸福」へとは向かわない。
彼女が進化させたのは「人格」ではなく、どこまでも冷酷な「生存戦略」だった。
5|勝ったように見える終わり
ラストシーン。彼女は洗練された姿で、優雅にゴルフクラブを振る。 社会的な視点で見れば、それは完全なる「勝利」であり「成功」の姿だ。
しかし、強烈な違和感が観客を襲う。 彼女は何も許していない。癒されてもいない。人格的な成長を遂げたわけでもない。
彼女はただ、「奪われないための勝ち方」を学習しただけなのだ。
この映画の真の恐怖はここにある。 「成功=成長」と定義してしまう現代社会への皮肉かもしれない。
6|復讐のあとに残るもの
復讐は、ある意味で完了したのかもしれない。
でも、それで無価値感は消えただろうか。
彼女はそれを、成功という鎧で覆ったように見える。
本来、復讐の終着点は「自分の無価値感を消すこと」にあるはずだ。彼女はその無価値感を、新たな「成功」という鎧で上書きした。確かに強くはなった。しかし、その内面に「穏やかさ」は1ミリも存在しない。
観客がモヤり、ざらついた感情を抱く理由は明確だ。ハッピーエンドの形を借りながら、内面の統合が一切起きていないから。
観終わったあとに残るざらつきは、そこから来ているのだと思う。
結び|強さと軽さは、同じではない
この映画は、静かな問いを残す。
冷徹なサバイバルの勝者か。それとも、不器用でも内面を統合しようともがく人間か。
この映画は、決して気持ちよく終わらせてはくれない。だが、その突き放された感覚こそが、私たちが現実で向き合うべき「問い」そのものなのだ。
映画館を出たとき、前を歩いていたシニアのカップルが、こんなふうに話していた。
「なんか……思ってたのと違ったね」「最初はよかったんだけどね」
たぶん、腑に落ちないまま帰った人は少なくないのだと思う。
けれど少し立ち止まってみると、その違和感には理由がある気がしてくる。
サバイバルモードで生き続けると、人生はこんな形にもなっていくのかもしれない。
それを成功と呼ぶ人も、きっといる。
そして、最後にやっぱりキュートな、レイチェル・マクアダムスが観られて、よかった!