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株式会社 陽雄

論語読みの論語知らず【第109回】 「体系知の壁とAIの矛」

2026.02.18 10:00

・知の異境が消えていく時代

生成AIの登場によって、「専門の違い」や「異なる体系知」という壁は、以前よりも静かに、しかし確実に崩れ始めている。一言でいえば学問の間の越境は随分と往来ができるようになった。ひと昔前は、たとえば西洋と東洋の哲学や思想を前にして、オーソドックスな学び方はどちらかを専門として選び、一生涯をかけて学び続けて、その体系知の専門家として生き、専門論文を書いていくあり方。それとは違う学び方として、どうしても一つを選びきれないで両方を自由に跋渉(読書)し、市井のなかで作文をして好事家として生きていくあり方。どちらかくらいしかなかったといえるだろう。


ところが生成AIは、こうした専門の違い、異なる体系知の間を越境させることをもたらし、人間は新しい知のあり方を掴めるようになってきている。もっとも、そのためには生成AIの使い手となる人間が知の越境を巧みにこなしていくためにプロンプト入力とは根本的に異なる「問いを立てる力」などが強く求められているし、ここの道筋を違えばまだまだうまくはいかないという制限下でもあるようだ。


・あるAI研究者(技術者)のトライ

私なども戦略思考とAIの関係を模索する日々であるが、そのなかで縁を持つことになった知人のAI研究者(技術者)がとても面白い取り組みをしている。生成AIの大規模言語モデルの上に次々とアプリを開発しており、人間が思考をしていくために有用となる「思考の補助装置」をつくっている。そのうちの一つで極めて特徴的なのは、仏教の密教思想の曼荼羅(マンダラ)思想からアルゴリズムを引き出して組んでいる部分である。

日本で密教といえば弘法大師と伝教大師、高野山と比叡山、そして胎蔵界と金剛界などの言葉に概ね集約されており、それらは信仰か崇敬あるいは観光の対象と文脈で語られることがほとんどである。修行者や研究者などの一部を除いては、その思想を本気で生活に実践していこうという発想はないのが現代であるともいえるが、それが、AIアプリでアルゴリズムとして復権して取り入れられ、知の世界で実践されようとしているのは驚きでもある。なお、このAIアプリについて知的な意味でのコメントをあるイベントで行わなければならず、私自身も改めて密教思想とアルゴリズムの関係を越境しながら学んでいる途上である。


・ふたつの異なる世界の並記と行動

私個人の学びとして備忘録的かつ端的にいえば、胎蔵界は生成・縁起・多点同時成立の領域であり、未完成・流動的で、意味は事後的に立ち上がる。そして、把握できないが、無意味ではないというような世界観となる。 金剛界は、原理・秩序・完成で構造はすでにあり、そして智慧による把握が可能で、超時間的・同時的な世界観となる。そして、この両界の関係は、世界は「生成し続けており、同時に完成してもいる」ということになり、生きる限りにおいては胎蔵界、理解においては金剛界というような言い方が出来るかもしれない(私は専門外の好事家なのでこのくらいの言い方はお許しいただきたい)。これまでこうした体系知の多くは言語として記されて、その言わんとしていることを一生懸命に解釈するのが学問であったといえるだろう。そして、これからは、これら解釈の積み重ねはどのように実践し得るか、何に展開されていく可能性を持つのかが探られゆくことになり、AIの上に構築されてくるアプリなどがこの可能性を拡げることになりそうだ。


なお、論語には「学びて思わざれば則ち罔し、思ひて学ばざれば則ち殆し」(為政篇2-15)とあり、人間の知への態度を問うている。知の異境をなくすAIアプリが生まれたとしても、このことは変わらないとも思うのだ。


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筆者:西田陽一

1976年、北海道生まれ。(株)陽雄代表取締役・戦略コンサルタント・作家。