憶測で記事は書かない 知ったかぶりもしない ただ淡々と、先入観なしでいろんなものに触れてきた結果がこれです
実は、田所のオジン55歳(笑)は、大きな声では言えませんが、DDI(現:KDDI)のDIONの頃からインターネットを学びました。例えば、ネットワーク・サーバーやそこで作られるロジックを謙虚に受け入れる。新技術を自分なりに吸収して来た側面があります。
DDI(第二電電)DIONのスターターセットCD
この頃(DDI DION)の頃からインターネットって細々と長くお付き合いしているけど、だからって「俺TSUEEEE!」みたいなアピールはしないし、むしろ未だに「このネットワークは何と何で出来ているんだろう?」とか「このコンピュータの振る舞いって正常?」とか「このプログラムや式はどうやって書くんだろう?」みたいな、素朴で研究熱心な好奇心がただ働いているだけ。他人にマウントを取りたいとか、そういう欲求も余りない。
長くやって来ている割には、先入観なしでいろんなものに触れて、やってみてどうか? を繰り返し試してきたに過ぎないと、自分自身そう思っている。素朴に、むしろ淡々とやって来て、どうにかこうにか、まだエンジニアでいられる。低い山、低い頂に登れた、というだけで「俺は頂上に着いた!」って自慢話はしない方だ。そういうことは、あまり吹聴しない方だ。
なので、最近になって、チャッピー(ChatGPT)だけをマスターしたに過ぎない人が、早速「AIの先生をしています」みたいな、そういう臭いプンプンの紹介文(Xプロフィール欄)に、臆面もなく書いているのを見ながら、口には出さないものの、実は内心、とてもムカッとしています。
1980年代当時、コンピュータを学び始めた頃の「人工知能」って、まだ推論モデル(LLM)が確立する以前のことなので、僕自身「これは二分木ですか? 二分探索木(バイナリーツリー)ですか?」って生成AI自身に訊いたら全然違っていて「今では、確率・統計で出来ています。それを推論モデル(LLM)と言います。自然言語を処理するために、極限まで情報を収集した結果、まるで人間が応対しているような会話が成立したのです」って言われて「ああ! また一つ賢くなった!」って純粋に今でも喜んでいます。
我々エンジニアは、そういったソフトウェア/ハードウェアの挙動のことを「振る舞い」って呼ぶ場合があり「おい、コイツ振る舞いおかしいぞ?」っていう「嗅覚」を磨き上げろ、誰に言われるわけでもなく、そういう「振る舞いを理解しろ!」という教育で育った世代なんですよ。
なので、1980年代に親父から「憲雄、これからはコンピュータの時代だ!」と言われて育ったし、学校の先生の中には「横尾! コンピュータを学ぶということは! そんな生半可な態度ではダメなんだ!」と説教されて育った世代。おだてられて育った世代じゃないんですね? だから、お二方が亡くなった今でも、コンピュータの進化に謙虚についていこう、全部わかった気でいちゃいけない、と思うようになったんです。そうやって、厳しく躾けられたり、団塊の世代から、かなりパワハラまがいの説教を受けた結果、内省的な自分自身が出来上がったのです。
なので、臆面もない、厚顔無恥な人が嫌いです。だから、憶測で記事は書かない。技術的なトレンドに対して、噂話を飲み込んで、そのまま吐き出して行くような、愚かしい知ったかぶりもしない。ただ淡々と、先入観なしでいろんなものに触れてきた結果がこれです。
なので、コラムニスト兼ブロガーとしては、「俺TSUEEEE!」「俺様スタイル!」って思った時点で、自分自身の成長が止まるんだろうなって思っているので、敢えて「詳しくは知らないけど」という前置きをしながら、なるべくここではそういう系の記事を、ここで書いたりしています。
「俺TSUEEEE!」とか言い出して、自尊心を過大に持つことや、他人の意見をのっけから全否定した挙げ句「だいたい、俺様がなー!」とか口にした瞬間に、成長って鈍化するどころか、それ以上の伸びしろが無くなっていくのは、世の常、人の常でございます。そういう人って、人間味がまるでないのです。(これは、いろんな職場を経験したうえでの話です)
どんなにこの先年老いたとしても「それって何?」って訊き続け、養分を静かに吸収して、幹や枝葉を伸ばす。これが、成長の秘訣、と言えば、そうかも知れませんね?
ではでは(・∀・)ノ
パソコンのお医者さん 謙虚に受け入れるタイプ ネットウイングス 代表 田所憲雄 拝