【ブログ】僕が「選挙は推し活」だと断言する理由 - どうせなら、政治は「ファンミ(ペンミ)」くらい語れる場を
「推し活選挙」という言葉への違和感
最近の高市氏をめぐる注目度の高さを背景に、「推し活選挙」という言葉がニュースやSNSで広がっています。
特定の政治家への熱量の高い支持を「推し活」になぞらえる文脈で語られることが多いようです。
ただ、個人的にはその報じられ方に少しズレを感じています。
なぜなら、その文脈だと「推し活=ただの熱狂」「見た目だけのブーム」として片付けられてしまう可能性があるからです。
推し活とは「熱狂」ではなく「見極め」では?
実際の「推し活」は、おそらくもっと深いものです。
以前、アイドルを熱心に推す学生に「何で推しているの?」と聞いたところ、きっかけは顔だったけど、惹かれ続ける理由はそこではありませんでした。
性格、周囲への振る舞い、チームの空気感、プロとしての姿勢、そしてたとえファンに対してだとしても「ダメなことはダメ」と言える強さ。
そうしたものを見て、推しているのだと言います。
推すとは盲目になることではなく、言動を見続け、見極め続けることなのだと改めて感じています。
そして、実は政治や選挙も同じではないかと思います。
最初は見た目や雰囲気から関心を持っても構わない、大切なのは、そこから先に進み、誠実さ、チームワーク、ビジョン、軸があるかを自分の目で確かめていく。
アイドルの推し活が「きっかけ」と「深化」で理由が変わっていくのなら、政治も同じです。
もし若者の投票率が上がる背景に「推し活的な熱量」があるのなら、次に求められるのは、政治家のプロ意識やストーリー、人間的魅力ではないでしょうか。
変わるべきは有権者ではなく、選ばれる側の政治家の方だと、僕は考えています。
18歳選挙が始まった10年前から僕が伝えてきた「選挙はポケモンと同じ」論
僕は、様々な機会で、「最初の選挙や政治参加はポケモンと同じ」とよく例えてきました。
ポケモンは、最初に3匹から1匹を選ばないと旅が始まりません。
でも、その選択が先の展開にどう影響するかは、最初の段階では分からないことも多いです。
だから直感で選ぶこともあります。
けれど旅が進み、世界が分かってくると、「今の状況ならこの選択が合う」と自分で考えて選べるようになります。
途中で別のポケモンを選ぶこともできるし、最初の1匹に愛着があれば一緒に成長していく道もあります。
政治も同じく、最初から完璧に理解している人はいません。
だからこそ、まずは自分なりに選んでみる、それがスタートだと思っています。
健全な「推し活選挙」の2大鉄則
そのうえで、健全な推し活選挙の鉄則を忘れないことが大切です。
① 情報は“本人・本物”にあたる(一次情報を確認する)
② 「なぜ?」を手放さない(批判=悪口ではなく検証)
推すことは、その人に熱狂し、盲目になり、無批判に受け入れることではありません。
選挙が「推し活」なら、政治は「ファンミ(ペンミ)」くらい語れる場を
選挙は、政治家というパートナーを「選び直せる」大切な機会です。
そして政治は、遠くから眺めるものではなく、参加してアップデートしていくものです。
それらを踏まえると、主権者意識をより高めるには、「選挙は推し活」と同時に「政治はファンミ(ペンミ)」と言えるくらい、学校であろうが選挙期間中であろうが、いつでも・どこでも政治について語れる環境(=対話できる場)が求められているのではないでしょうか。
もし「推し活」が影響して投票率が上がってきたのなら、その流れを一過性で終わらせず、より深く考えて選ぶ段階へつなげたいと個人的には感じています。
そして、そういった仲間づくりや場づくりを、今年もどんどん進めていきます!