Ameba Ownd

アプリで簡単、無料ホームページ作成

七枝の。

台本/Blue,blue,gray(男3女2)

2026.02.26 04:04

〇作品概要説明

主要人物5人。兼ね役あり。ト書き含めて約13000字(40分)

ホラーヒューマンドラマ。友人に誘われ、プライベートビーチでのクルーズへ向かった重信。楽しく賑やかな海のはずだったその一日が、やがて彼の記憶と心を静かに揺らし始める。


〇登場人物

忠彦:池永忠彦。男。金持ち。ヨットをだした。

龍之介:海野龍之介。男。大学の友達。

重信:酒井重信。男。主人公。

燈子:酒井燈子。女。幽霊。主人公以外の人間にはみえていない。

カエデ:湊カエデ。女。ヨット男の彼女。

酒井母:カエデが兼ね役


ご利用前に注意事項の確認をよろしくお願いいたします。

https://natume552.amebaownd.com/pages/6056494/menu

作者:七枝



0:本文ここから。Mはモノローグ。

0:燈子の声は重信以外に聞こえていない。

0:海。小型ボートの上。


重信:(M)その日は、とてもよく晴れた良い天気の日だった。青い青い空と、深く広い海がどこまでもつづいていた


0:タイトルコール「Blue,blue,gray」


燈子:みてみておにいちゃん、船だよ船!かっこいい!

重信:良かったのか?俺らが参加して。

龍之介:悪かったら呼んでないっしょ。なあ、忠彦。

忠彦:もちろん。こういうのは大勢の方が楽しいでしょ?

カエデ:え~?私、ふたりっきりでもよかったのに。

忠彦:カエデちゃん、こういう時は嘘でも頷かなきゃ。

カエデ:でもこんな素直な私がすき、でしょ?

忠彦:そうだね。

龍之介:は、ははは……お熱いねぇ、おふたりさん。

重信:(小声)……なぁ本当によかったのか?

龍之介:(小声)いいんだよ。元々は男同士だけの日帰りクルーズって話だったのに、あっちが無理やり彼女をねじこんできたんだ。というか、そっちの方こそよかったのか?

重信:え?

龍之介:お前泳げないんだろ?

重信:どこ情報だよそれ。

龍之介:ほら、1年の新歓のとき、泥酔して池に落ちたことあったじゃん。

重信:……ああ?

龍之介:おぼえてないのか?俺が助けてやったのに。服びしょびしょになってさぁ、女の子たちに笑われて。

重信:……助け?


0:モーター音の奥で、燈子の小声。


燈子:たすけて、おにいちゃん。

龍之介:どうした?

重信:……いや、なんでも。

龍之介:?

重信:それより、俺が泳げないなんて不名誉な噂が流れてることが気になるな。

龍之介:ちがうのか?

重信:好きじゃないだけだ。

龍之介:それを泳げないっていうんじゃないのか?

重信:ちがう。

龍之介:ふーん……お前さ、海来るの何年ぶりだよ?

重信:あー……小学生以来?

龍之介:は?じゃあ最後に海で泳いだの10年以上前?それでよく泳げるって言ったな

重信:子供の頃泳げたんだから、今も泳げるはず。

カエデ:なになに?きみ、泳げないの?オソロっちだね!

龍之介:カエデちゃんも泳げないの?大丈夫?不安じゃない?

カエデ:私は大丈夫!いざというときは頼れる恋人が助けてくれるから。ねー?

忠彦:ねー

龍之介:あ、そう……素敵な彼氏でよかったッスね。

カエデ:うん!

龍之介:お。シゲ、みてみろよ。高波だぞ~!海がおそってくるぞ~!

重信:やめろって。ガキじゃあるまいし。

龍之介:こわいか?お兄さんが「また」助けてやろうか?

重信:うざ。


0:軽くじゃれあう龍之介と重信。


忠彦:おーい、二人とも。船の上で暴れないで。

カエデ:男子ってホントこども。

龍之介:ありゃ、シゲのせいでセンセイにしかられたわ

重信:元はといえばお前が難癖つけ始めたんだろ……

龍之介:難癖じゃなくね?ま、泳げなくても海は楽しめるか。ボートは忠彦持ちだし、それに……

燈子:わぁ、すっごい眺めだね。風がきもち~!

龍之介:良い景色だろ、ここ。

重信:ああ……恐ろしいほどに美しい景色だ。

忠彦:それはよかった。叔父も喜ぶよ。

龍之介:これおじさんの船だっけ?

カエデ:そうよ!船だってビーチだって忠彦のおじさんのものなんだからっ!

重信:へ~すごいな

カエデ:でしょう。

龍之介:君には聞いてないんだけど……まぁいっか。

燈子:ねぇ、お兄ちゃん。この船どうやって運転してるの?私でもできる?

重信:ああ、そうだな……えっと、池永さん。だっけ?

忠彦:忠彦でいいよ。

重信:ありがとう、俺も重信でいい。

カエデ:シゲくんね。

重信:はは……こんな立派なボートの運転できるなんて凄いな。大変じゃないか?

忠彦:そうでもないさ。子どもの頃から叔父に手ほどきを受けてるからね。

龍之介:へぇ!凄いな。免許とるの大変だったろ?

忠彦:あ、いや免許は……

重信:え。

龍之介:おいおい、大丈夫か。

カエデ:でもここプライベートビーチだし!

忠彦:他にボートもないし、かるく沿岸流すぐらい大丈夫だよ

龍之介:安全運転でたのんだ

忠彦:わかってるって

カエデ:タダくんの腕を疑ってるの?

龍之介:え、お前タダくんって呼ばれてんの?ダサ。

カエデ:はあ?

重信:あー、そういや飲み物もってきたんだよ。炭酸ダメな人いる?

カエデ:私ビール!

燈子:りんごジュース!

龍之介:俺炭酸むり。

重信:わかってる。お茶もあるよ。忠彦くんも手が空いたら飲んで。

忠彦:ありがとう。もう少ししたら絶景ポイントあるからそこで一旦船をとめるよ。

重信:わかった。とりあえずボトル渡しとくよ

忠彦:どうも……おおっと。


0:一瞬忠彦が手元から目を離した隙に、大きな波が来る。船体が大きく揺れる


燈子:きゃっ

カエデ:やだ、こぼれたー!

龍之介:なんだ、どうした?

忠彦:ごめんごめん。

重信:急に渡して悪かったな

忠彦:大丈夫。これぐらいよくあることだよ

重信:そうか?それにしても波が高いな

忠彦:小さい船だからそう見えるだけさ

重信:そんなものか。

忠彦:ああ、四人乗るのがせいぜいな小さい船だからね

龍之介:おい、あれ!

カエデ:なによ、五月蠅いわね

龍之介:あれみろよ、なあ!

重信:え……?

カエデ:タダくん、あれ……

忠彦:どうして他の船が……

龍之介:すごい勢いで近づいてくるぞ!

カエデ:ヤバいんじゃないの!?

忠彦:まずい、ぶつかるっ

燈子:おにいちゃん!

重信:(M)とうこ、と叫び手を伸ばした瞬間だった。大きな衝撃と共に、俺は強かに後頭部を甲板に打ち付け、海の波間に四肢を投げ出された。

燈子:おにいちゃん

重信:(M)妹の声が聞こえる。

燈子:たすけて、おにいちゃん

重信:(M)目を開いてもあたりは暗闇ばかり。

燈子:お兄ちゃん、苦しいよ

重信:(M)意識が、暗く沈んでいく……


0:巻き戻り1回目。


重信:(目を覚ます。激しい息遣い)燈子!

龍之介:うぉ!びっくりした。

重信:燈子は!?燈子はどこだ!

龍之介:とうこ……?

カエデ:だぁれ、それ。

重信:妹だ!俺の妹。妹は無事か……!?

龍之介:なんだこいつ。大丈夫か?

忠彦:うーん、これは熱中症かもしれない。何か冷やすものはないか?

龍之介:それならお前、クーラーボックスもってきてたよな?

重信:あ?

カエデ:これー?わ、ビール入ってるー!もらっていい?

忠彦:こら、カエデちゃん。

カエデ:はーい。保冷剤あったよ。

龍之介:とりあえず頭にあてとけ。

忠彦:脇下や首の付け根もおすすめだよ。太い血管が通ってるからね

龍之介:さすが医者の卵。

忠彦:からかうなよ

龍之介:ほら、重信。

重信:あ、ありがとう。……ここは……?

龍之介:なんだよ、寝ぼけてんのか?忠彦のボートに乗せてもらったろ

重信:船は?無事なのか?

龍之介:はぁ?

重信:他の船と衝突して、俺たち投げ出されただろ!

カエデ:何いってんの?

忠彦:いくら無免許だからって縁起でもないこと言わないでくれ

龍之介:え、お前無免許なの?

忠彦:おっと。大丈夫だよ、ここはプライベートビーチだしね。他の船はこない

カエデ:そーよ!私達の貸し切りなんだから。

龍之介:おいおい、安全運転でたのむぞ

忠彦:わかってるって。


0:ふたりの会話をしりめに、ビールの蓋を開けるカエデ。


カエデ:んー!おいしいっ

忠彦:あ、カエデちゃんったら。

カエデ:タダくんも飲もうよ、せっかく持ってきてくれたみたいだし。

忠彦:僕運転中だよ?

カエデ:ひとくちだけ!タダくんにも味わってほしいの!

忠彦:しょうがないなあ……

龍之介:(溜息)熱いね、おふたりさん。

重信:なんとも、ない……?あれは幻覚だったのか……?燈子は、いない……?

龍之介:おい、シゲ。

重信:……ん?

龍之介:ぼーっとしてんなあ。マジでヤバい感じ?引き返してもらうか?

重信:あ、いや。……白昼夢でもみてたみたいだ。

龍之介:白昼夢って。

重信:俺も歳かな、なんだか昔のことばかり思い出す。

龍之介:爺臭いこというなよな。楽しくやろーぜ、せっかく海まで来たんだしさ。

重信:ああ……

龍之介:……まだ元気ないな。環境が悪いのか?そういや泳げなかったっけ。

重信:まさか。さっきも言っただろ。ちゃんと泳げる。

龍之介:さっき?何の話だ?

重信:だから……あれ?

龍之介:しっかりしろよ。

重信:ん~……なんだろう、なんか海みてると落ち着かなくて

龍之介:海、苦手なのか?昔からそう?

重信:いや、子供の頃は毎年海水浴にきてた。

龍之介:へぇ?初めて聞いたな。

重信:ここ数年ご無沙汰だったからな。

龍之介:なんで?

重信:なんでってそれは……


0:なにかを言いかけた重信の言葉を遮るように、カエデが歓声をあげる。


カエデ:(くい気味に)きゃー!すごい眺め!

忠彦:ここ、絶景ポイントなんだ。

龍之介:ん?おお、凄い透明度だな!

忠彦:このへんはサンゴが豊富でね、プランクトンも少ないから海がきれいなんだ。

カエデ:へ〜!潜ってみたいなぁ……!あ、でも私泳ぐの下手くそなんだよね……

忠彦:大丈夫だよ、僕が教えてあげる。

カエデ:ほんと?

忠彦:うん。それじゃあ、(むこうの)

重信:やめとけ。

忠彦:え。

重信:ろくに装備も持ってきてない素人がフリーダイビングのコーチなんて無謀だ。悪い事言わないからやめとけ

カエデ:なに?こわいの?

重信:死ぬって言ってんだよ。

忠彦:死ぬってそんなおおげさな……

重信:大げさなもんか。フリーダイビング死亡率がどれくらいあるかアンタしってんのか?脳みそで考えてモノ言えよ!

カエデ:ちょっと。熱くならないでよ。

重信:おまえら溺死した人間の顔みたことあるか?ひどいもんだぞ、体中ぶくぶく膨れ上がってみれたもんじゃない。アンタのそのお綺麗な顔も、溺れ死んだらそれまでだ。親兄弟ださえ顔を背けるだろうな。

カエデ:…………

龍之介:シゲ。

重信:なんだよ。

龍之介:皆、引いてる。

重信:あ……ごめん。おれ……

忠彦:重信くんはまだバテ気味みたいだね?龍之介。

龍之介:そう、だな……少し休ませとくわ。お前は彼女と泳いでくるか?

忠彦:んー……今の流れでそれはちょっとね。

龍之介:だよな。

忠彦:近くにちょっとした洞窟があるんだ。岸につけたら、探索してくるから、重信くんを頼んでもいいかな?

龍之介:ああ、わかった。

重信:龍之介、悪い。

龍之介:いいって……(小声)俺もバカップルに飽き飽きしてたしな

重信:はは……

カエデ:ねぇタダくん。それじゃあ二人っきりってこと?

忠彦:そうだよ。

カエデ:やったぁ、いちゃいちゃしよーね。

忠彦:もちろん。

重信:(小声)頭の痛くなる会話だ

龍之介:(小声)同感。そもそも元々は男同士だけの日帰りクルーズって話だったのに、あっちが無理やりついてきたのにな。

重信:え?

龍之介:ん、どうした?

重信:その話、前も聞いたっけ?

龍之介:今初めて話した。

重信:でも、

忠彦:どうかしたかい?

龍之介:ああ、いや。シゲがまだ混乱してるみたいでな。

重信:え、いや。

龍之介:いいから。肩貸してやるから、少し目つむっとけ。ちょっとは楽になんだろ。

重信:……ありがとう。

重信:(M)ゆらゆらと。目を閉じて尚感じる波のゆらめき。

燈子:おにいちゃん、まって。

重信:(M)船のモーター音の向こうに、懐かしい声が聞こえる。

燈子:あぶないよ、お兄ちゃん!

重信:(M)あの日の海も、今日みたいに眩しかった。砂に跳ねた照り返しが、目に痛いほどだ。燈子が、俺へ手を伸ばしている。

燈子:おにいちゃん、はやく!

重信:(M)海の匂い。足に絡むぬるい波。カモメの鳴き声。すべて嫌になるくらい生々しく蘇る。なのにー……

燈子:たすけて!

重信:(M)いつ、その声を聞いたのかが、どうしても思い出せない。


0:巻き戻り2回目。


龍之介:しーげ。

重信:ん。んん……

龍之介:起きろ、洞窟着いたぞ。

重信:(あくび)俺、寝てた……?

忠彦:ぐっすりだったよ。具合はどう?

重信:あー、だいぶ楽になった感じ……?

忠彦:それはよかった。

龍之介:起きたならどけ。

重信:あと5分……

龍之介:うげ、よだれを俺の服で拭くな!

忠彦:ははっ、それだけ元気なら余裕で歩けそうだね。足元気をつけて、中は滑るから。

重信:あれ?俺らも行くのか?

龍之介:何言ってんだお前。

忠彦:そもそも君が洞窟行きたいって言いだしたんだろ?忘れちゃった?

重信:あ~?

龍之介:(舌打ち)こいつ……

忠彦:泳ぐの嫌だって言ったじゃないか。

龍之介:せっかく海に来たのに遊ばずに寝るのかよ。泳がなくていいから、せめて動け。

重信:え?あれ?

龍之介:なにキョロキョロしてんの?

忠彦:忘れ物?

重信:え、あの、あれ……彼女は?

忠彦:カノジョ?なんの話?

龍之介:ずいぶん愉快な夢みてんなぁ

重信:だって、あれ?いたよな、彼女。忠彦くんの彼女。髪の長い……顔が可愛くて頭が軽そうな……

忠彦:あ、今その話する?

龍之介:傷えぐってやるなよシゲ。

重信:え?

忠彦:いいさ。わかってた。どうせ彼女は最初からお金目当てだったんだ。僕のいいとこなんて無駄にある資産と無駄にある人脈と無駄に整った顔面ぐらいだ。

重信:自慢か?

龍之介:突っ込むなよ

忠彦:女なんて星の数ほどいる。大丈夫、僕にはまだ次がある

龍之介:自分で言うのね

忠彦:君たちがいってくれないから

重信:……彼女はどうしたんだ?なぜここにいない?

龍之介:だから、ふられちゃったんだって。ねー?タダくん?

忠彦:フラれたんじゃない。フッたんだ。

重信:……ひとりで帰らせたのか?

龍之介:何言ってんだ?

忠彦:アイツは最初から呼んでないよ。元々僕ら男同士の日帰りクルーズって話だったでしょ

重信:は……?


0:重信、頭を抱える。


龍之介:おい、どうした。

重信:あたまが……痛い

燈子:おにいちゃん

重信:(M)足音がする。

燈子:たすけて、おにいちゃん

重信:(M)ぺちゃりぺちゃりと、水音を含んだ、小さな足音。

忠彦:重信くん、具合がわるい?

龍之介:またかよ。仕方ねーなぁ。来たばっかだけど、戻るか?

忠彦:そうしよう。ほうっておけない

重信:わるい……

忠彦:気にしないで。


0:SE水音。


重信:(M)足音が、後ろからついてくる。

燈子:どうして。

重信:(M)どうして?

燈子:どうしてよ、お兄ちゃん。

重信:(M)どうして、彼女はいなくなった?

忠彦:顔が青いね。呼吸もはげしくなってきた。

龍之介:肩貸そうか?

重信:いい。歩ける。

燈子:無視しないで

重信:(M)ついてくるな

燈子:お兄ちゃん、こっちよ

重信:(M)しらない、俺はなにもしらない

龍之介:ほら、ボートに乗れよ

重信:(唸り声)

龍之介:やべ、こいつ倒れた!

忠彦:脱水症状かもしれない。なにか冷やすものは?

重信:(M)仲間の声が遠くに聞こえる。ぽたりぽたりと水の音がする。確かに喉元に伝う、冷たい感触。龍之介がぬれタオルでもかけてくれたのだろうか。

燈子:どうして。

重信:(M)いやちがう、これは。

燈子:私をおいていったの

重信:(M)燈子の手だ。

燈子:うそつき。


0:重信の回想。


重信:(M)幼いころの夏の思い出は、海ではじまり、海で終わっている。物心ついたころにはもうすでに砂浜に寝転がっていたし、夏休みは父に連れられ海水浴場にいくのが一番の楽しみだった。……あの日までは。


0:酒井父と電話をする酒井母。


酒井母:ねぇ、本当に来れないの?……仕事って言っても今日くらい。……ええ、そう。ならもういいわ、私と子供たちだけで楽しんでくるから。

燈子:おかあさん、おとうさんは?

酒井母:今日は来られないのですって。

重信:えー!サーフィンおしえてもらう約束だったのに!

酒井母:お母さんと燈子だけじゃイヤ?

重信:嫌じゃ、ないけど……

重信:(M)妹はまだ小学校あがったばかりで、男子が好むような荒っぽい遊びには誘えなかった。せいぜい洞窟探索か、砂遊びがいいとこ。

酒井母:あまり遠くにいっちゃだめよ

重信:わかった

燈子:お兄ちゃん、お城つくろ?

重信:もう作っただろ

燈子:お城にはね、お姫さまが住んでるのよ。海のバケモノにさらわれちゃうの。

重信:聞いたよ。燈子がお姫様で、王子様が助けに来るんだろ

燈子:うん。お兄ちゃんは王子様になりたい?

重信:別にいい。

燈子:なりたいって言って!

重信:はいはい。

重信:(M)つまらない、と思った。もっと遠くまで泳ぎたかった。べたつく潮風を海水で洗い流して、去年より遠く、沿岸のブイまで泳いでやろうと思っていたのに

燈子:みてみておにいちゃん、船だよ船!かっこいい!

酒井母:あら、立派な船ね。どこから来たのかしら。

燈子:おにいちゃんみて!ほら。

重信:ふーん。

酒井母:ご機嫌ななめね。

重信:べつに。

酒井母:かわいくないお返事。

重信:…………

酒井母:そうだ、何か飲み物かってこようか?何がいい?

燈子:リンゴジュース!

酒井母:重信は?

重信:……いらない。

酒井母:重信?

重信:いらないってば!

酒井母:……まったく。じゃあサイダーね。お母さん買ってくるからちゃんと妹のことみてるのよ。

重信:………

酒井母:へーんーじ。

重信:はーい。

重信:(M)母は心配そうに、ちらりちらりとこちらを振り返りながら小走りで海の家と走っていった。チャンスだ、と思った。別に遠くにいくわけじゃない。少し遊びたかっただけ。

燈子:おにいちゃん、どこにいくの?

重信:船みてくる

重信:(M)それが間違いだった。


0:重信の回想おわり。

0:海上。溺れている重信、龍之介、カエデ、忠彦。時間軸は冒頭の追突シーンから直後。


燈子:お兄ちゃん、

重信:(M)ここはどこだ。

カエデ:ケホ、ケホケホ!たすけて、だれか!

忠彦:こっちだ!はやくボートにつかまれ!

龍之介:シゲ!シゲはどこだ!返事しろっ

重信:(M)誰かが、叫んでいる

龍之介:シゲ!どこにいる!

重信:(M)息がくるしい

龍之介:重信!

重信:(M)何もわからない。どちらが上で、どちらが下か。

燈子:こっちだよ、おにいちゃん。

重信:(M)どちらが現実で、どちらが夢か。


0:場面転換。再びボートの上。

0:巻き戻り3回目。


重信:ん……んん。

重信:(M)さざなみの音で目がさめた。頭がぐわんぐわんと揺れている。ここは……ボートの中だろうか。

龍之介:起きたか。

重信:龍之介?

龍之介:いつまで寝てんのかと思ったぞ、もう日が暮れる。

重信:わるい。

龍之介:いーよ。海の家でなんか食べて帰るか?

重信:そうだな

燈子:(幻聴)リンゴジュース!

0:重信、頭を抱えてうめく。

重信:痛っ……!燈子……

龍之介:うん?なんだって?

重信:頭が……

龍之介:重症だな。はやくかえろう。

重信:頼む……

0:間。

重信:そういえば、忠彦くんは?

龍之介:え?

重信:忠彦くんはどうしたんだ?なぜボートに乗ってない?

龍之介:…………

重信:龍之介?

龍之介:はやくかえろう。

重信:あ、ああ。それはそうだけど……

龍之介:忠彦なんて、最初からいなかっただろ?

重信:は?

龍之介:カエデも忠彦もお前の大事なお友達はみーんな最初からいなかった。そういうことになっただろ?

重信:なんのことだ?

龍之介:この船の上にはお前と俺だけ。

重信:な、なんか怖いぞ。冗談やめろよ……

龍之介:だからお前は俺を置いて行った。

重信:なぁ、龍之介。面白くねぇよそれ。やめろって。

龍之介:……はやく帰ろう。

重信:そう、だな……?

龍之介:かえろう。かえろう、かえろう。かえろう。

重信:龍之介、

龍之介:かえろう、お兄ちゃん。

重信:……燈、子?

龍之介:(笑いを堪えるようにくすくす笑う)

燈子:(堪えきれなくて爆発するように笑う)

重信:ひっ

燈子:約束したでしょ?思い出してよ、お兄ちゃん

重信:(M)濡れた手が、俺の足首を掴む。その感触は、俺を強制的に過去に引き戻した。


0:重信の回想続き。前回のシーンから。


燈子:あぶないよ、おにいちゃん!怒られちゃうよ。

重信:大丈夫だよ、バレなきゃ平気。

燈子:お母さんがあっちで待ってるよ。

重信:(M)あの日。幼かった俺は大人が目を離した隙に、岸に停泊していた船の中に忍びこんだ。別に何か悪戯をしようと思ったわけではない。軽い冒険のつもりだった。

燈子:帰ろうよ、お兄ちゃん

重信:うるさい、心配ならついてくるなよ

燈子:だって、お母さんがお兄ちゃんと一緒にいなさいって……

重信:(溜息)

重信:(M)大人にとってはちょっとした小さなボートも、子供のおれたちにとっては何もかもが物珍しく大きかった。

燈子:ねぇ、お兄ちゃん。この船どうやって運転してるの?私でもできる?

重信:ばーか。お前にできるわけないだろ。

燈子:ふーん

重信:(M)つまらないの、と呟いて妹は、甲板のいっとう高いところによじ登った。俺は客室に置いてあった海路図を指でたどるのに夢中で、まるっきりその様子を見ていなかった

燈子:わぁ、すっごい眺めだね。風がきもち~!

重信:(M)だから直後の、小さな水音に気づいたのは偶然だった。

重信:燈子?

燈子:お…にいちゃ(くぐもった小さな声)

重信:どこだ、燈子?

燈子:助けてお兄ちゃん!

重信:燈子!

重信:(M)急いで声のする方に駆け寄った。そこには甲板から落ちて、沈みかけた妹が必死に息継ぎをしながら助けを求めていた。

燈子:(溺れそうになりながら)お兄ちゃ、お兄ちゃん助けて!

重信:と、燈子…!

燈子:お兄ちゃん!

重信:(M)咄嗟に手を伸ばして妹を掴もうとした。そうだ、最初はちゃんと掴もうと手を伸ばしたんだ。小さな船だ。小学生の腕でもなんとか、手を掴むことはできた。でも、妹があまりに強く掴むから。あまりにも必死に、俺の腕に縋るから……

燈子:助けて!お兄ちゃ、助けて!

重信:いたいっ!燈子、痛いよ!

燈子:助けて!怖い!助けて!

重信:燈子!いたい!痛いってば!


0:重信、燈子の手を振り払う。


燈子:痛っ!

重信:あ……

燈子:お兄ちゃ、

重信:(食い気味に)大人の人呼んでくる!大丈夫、絶対助けるから!

燈子:やだ、待っていかないで!助けてよお兄ちゃん!

重信:待ってろ!

燈子:お兄ちゃん!

重信:(M)妹の悲痛な叫びを背に、俺は走り出した。すぐに母親を呼び、大勢の大人たちが妹を救おうと海へ駆け出した。だが、妹はすでに沖に流されていて、死体さえ見つからずに……

燈子:助けるって言ったのに

重信:(M)ぜんぶ俺のせいだ。

燈子:嘘つき

重信:(M)どうすればよかった。何をしたら妹は助かった?

燈子:約束守ってよ

重信:(M)あの日から、妹のことは家族の中でタブーになった。

燈子:帰ろう、お兄ちゃん

重信:(M)俺自身、忘れようとした。逃げ出した、卑怯者だ。

燈子:早く帰ろう

重信:無理だ。だってお前はもう死んでいるんだよ…

燈子:なら、お兄ちゃんも死んで


0:回想終わり。

0:目が覚める重信。暗闇の中。頭上から龍之介の声。

0:時間軸は追突直後。重信だけ意識不明。


重信:んん……ここは、どこだ?

龍之介:シゲ!返事しろ、シゲ!

重信:龍之介の声……

忠彦:重信くん!

重信:この声は忠彦くんか……?

カエデ:ちょっと冗談じゃないわよ、上がってきてよ!

重信:これは忠彦くんの彼女……!ちゃんといたじゃないか!

燈子:お兄ちゃん、

重信:……!

燈子:思い出した?お兄ちゃん。

重信:燈、子……

燈子:なぁに、怖い顔して。

重信:俺を、恨んでいるのか…?

燈子:(笑う)

重信:だから、こんなことを?俺を殺す気なのか?

燈子:だって、ひどいじゃない。約束を破ったばかりか私のこと忘れちゃうなんて。

重信:悪かった。

燈子:私はずっと待ってたのに。

重信:許してくれ、燈子。俺が全て悪かった。

燈子:後悔してる?

重信:もちろん。

燈子:許してほしい?

重信:……もしも、それができるなら。

燈子:できるよ。ぜんぶお兄ちゃん次第

重信:……どうすればいい?

燈子:わたしね、帰りたいの

重信:……ああ。

燈子:おとうさんとお母さんに会いたい。また日の光を浴びたい。もう暗い海の底は嫌。

重信:ああ……

燈子:だからね、今度は手を離さないで。

重信:………

燈子:約束して、お兄ちゃん。今度こそ手を離さないと約束して。

重信:……わかった、それがお前の願いなら。

燈子:一緒に帰ろう

重信:(M)ひんやりと冷たい妹の手を取る。途端に、息が苦しくなる。目の前が真っ赤になるような感覚。頭が痛みで覆い尽くされ、身も蓋もなくもがきたくなる。でもできない。この手を離すわけにはいかない。

燈子:帰ろう

重信:(M)ようやく取り戻した妹と、そう約束したから。

燈子:かえろう、かえろう、かえろう

重信:(M)こぽりと口から、大きな泡が出る。腕の力が入らず、四肢が宙に浮く。なすすべもなく沈んでいく身体に、水の中にいることを自覚する。冷たい。だけど何処か懐かしい。海の音が遠ざかる。眼前に、きらめく水面の光がみえる。

重信:(M)そうか、元々こうなるのが正しかったのだ。これで、帰れるんだ。

重信:(M)奇妙な安心感と共に、目を閉じた。


0:場面転換。間。


重信:(M)そこから先は、だいぶ後になってから聞いた話だ。

カエデ:いや〜びっくりしたぁ!シゲくん、ガイコツと一緒に浮かんでくるんだもん。

忠彦:こら、カエデちゃん。

カエデ:えへ、ごめんごめん。骸骨じゃなくて妹さんね、妹さん。

龍之介:すっごい巡り合わせだよな。まさか事故った先で行方不明の妹ちゃんを見つけるなんて。

忠彦:あるんだねぇ、こんなこと。

龍之介:ご遺体は長い間、海藻が絡まってたんだっけ?よくみつけたな。

重信:服が当時、妹が着ていたものと一緒で……あまり覚えていないんだ。無我夢中だったから…

龍之介:こっちはなかなか浮かんでこなくてひやひやしてたんだぜ。

忠彦:龍之介の顔すごかったもんね。

カエデ:涙目だったね。ぷぷ。

龍之介:笑うな。

カエデ:いーじゃん。結局、妹さんもみつかって、皆無事に生還して、めでたしめでたしなんだから。もう二度とごめんだけど。

龍之介:まったくだ。

忠彦:本当にごめんね、みんな。

カエデ:ちょ、ちょっと、タダくんが頭さげなくても!

忠彦:ううん。ここはちゃんとしなきゃ。僕のせいなんだ。僕の運転のせいで……叔父からもこっぴどく叱られたよ。船も取り上げられた。

龍之介:当然だな。訴えられてもおかしくないレベルだ。

忠彦:ああ、わかってる。

カエデ:そこまでいう?

龍之介:文句あるのか?

カエデ:だ、だってシゲくんの入院費だってタダくん持ちだし……そもそもボートだってタダくんの好意で貸してもらってたんだよ?頭上げてよ。もういいじゃん。

忠彦:でも……

カエデ:そもそもシゲくんが妹さんに呼ばれてたせいで事故ったんじゃない?一時期心臓止まってたって話だし。呪い的な?

龍之介:そんな呪いあってたまるか。どちらかというと助けてくれたんだろ。

重信:どっちだろうな。

龍之介:お前までそんなこと言うなよ。無免許で運転した忠彦が悪い。そうだろ?

忠彦:その通りです。

カエデ:タダくん……

忠彦:カエデちゃんも、僕のこと庇ってくれるのは嬉しいけど、滅多なこと言っちゃダメだよ。

カエデ:はぁい……

重信:いや、忠彦くんにはお礼を言いたいぐらいだよ。おかげで妹の死と改めて向き合えた。

忠彦:重信くん……

重信:俺、ずっと妹のこと忘れようとしてたんだ。時々マジで死んだことを忘れてたりしてさ。そのくせずっと心残りで……今回の事件でようやく踏ん切りがついた。

燈子:一緒に帰ろう、お兄ちゃん

重信:(M)あの時、海の底で妹の手を握った時。俺は本気で妹に殺されると思った。それでもしょうがないと諦めていた。だが、結局俺は生きて仲間たちに会えている。

龍之介:わかった。お前がいいなら、俺もこれ以上言わない。

重信:ありがとう。

龍之介:そのぶん早く元気になれよな。休学費用だって馬鹿にならないだろ。

忠彦:そうだね、僕にできることがあったら何でも言って。

カエデ:講義ノートぐらいなら貸してあげてもいーよ。

重信:ああ。

龍之介:呪いだとか何だとか、外野の言うつまんねーことに耳貸して変なこと考えんなよ。今ここにお前が生きてる。それが答えだろ。な?

重信:そう、だな……

重信:(M)龍之介に言われるまでもなかった。てのひらを握りしめる。この手で掴んだ、小さな手の感触がまだ張り付いている。あの冷たい水底でようやく、俺は答えをみつけたのだ。

燈子:おかえり、お兄ちゃん。

重信:ただいま、燈子。