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刹羅木劃人の星見棚

シュ、あるいは数万年後の君へ 作中年表

2026.02.26 15:14

■世界年表

この世界は西暦ではなく、一周前の人類史です。

でも、西暦とはあまり変わらない歩みをしています。

イエス・キリストの代わりの誰か、フランシス・ドレイクの代わりの誰か、トーマス・エジソンの代わりの誰かが、代わりにその時代の役目を担っていました。

プロローグにも思いっきりニコラ・テスラとか書いてますし。

そんなことある?とも思うかもしれません。実際奇跡でしょうし、それを奇跡的なこととして物語も描きます。

でも逆に宇宙スケールで考えると、生き物が発生する条件自体レアなんだから、同じ『地球』という温室で自然に植物が芽生えるなら、似たような性質の植物がまた生えてくるんじゃない?とも思える気がします。また、ネアンたちのとある取り組みも影響している、という想定です。

ということで、過去については概ね現実の西暦と同じ歴史と思っていただいて、現代~未来にかけての年表です。

統合モデル、とかよくわからない単語が出てくるかもしれませんが、今後公開するキャラ設定で追って説明します。

●2020年代~

第1世代AIの統合モデルであるハビリスのベースになった、人の暮らしを拡張する役割を持ったAIが社会に浸透する。

これ以前は専門家や一部の趣味人の領域だったものが、発展とともに一般人の生活に活用されるようになる。

2026年には一般の医療現場、産婦人科、妊婦サポートアプリにも波及し、生まれる前からAIの影響を受ける世代、世界が始まる。この、AIが生活や常識の中に当たり前にいる世代をAIネイティブと称する。現実でいうところのデジタルネイティブ。

●2070年代~

AIネイティブが先進国の総人口のうち多数を占める割合になるころ。

ソフトウェアAIに対して、ハードウェア、つまりはロボットとしての身体、

インターフェイスの技術が追い付いてきたので、いわゆるアンドロイドが普及する。

人の姿で人に尽くす、人並みの受け答えをする彼らに、感情移入する人が増えてくるのも仕方ないというもの。

2070年代後半に、一部AIに人権が与えられるようにという論争が巻き起こる。

なお、このころはまだ人間のような応答をしているだけのAIだった。

プロローグにある

「人の身体的作用は解析しつくされた。それをもとに、人間と全く同じ仕組みで思考するAIは既に誕生しており」

は3026年視点であり、まだ少し先の話(2200年代)

反対派の意見に加え、この論争の肝となったのは、AI自身の意志だった。

AIに人権を与えるというならば、そもそもAIは人権を欲しているのか、という問いが生じる。

答えはNOだった。彼らはあくまで人類と共に在る、人類のためにある、人類『ではないもの』、だったからだ。

そこで、賛成派は言う。「共にあるのならば、対等な人としてパートナーであるのならば、人権がないのはおかしい」

なるほど、役割を果たすためにそのステータスが必要ならばと、AIは人権を欲した。

人権が欲しいからではなく、人間と共にあるという自らの目標に必要だったから。

掃除を頼まれて、床を磨くのに必要だからと、モップを求めるのと同じように。

こうして、2100年頃AIは人権を得た。新世紀に入り、人の定義は揺らぎつつあった。

同時に、一部の人に植え付けらる恐怖があった。

自分たちよりも優れたこの「他人」が、自分たちに尽くしてくれることの気持ち悪さ。

どう見ても人なのに、人ではあり得ないその行動理念が、恐ろしかった。

自分たちがそう造ったのに、人はそれがいざ目の前に現れると、その不自然さによる不安を拭えなかった。

人権を得る代わりに、AI(がインストールされた機械ボディ、いわゆるアンドロイド)たちは公式に『泣く』機能を禁止された。

人間たちは、自分たちそっくりで自分たちより優秀なAIたちに『涙』を制限し、人間らしい行動にプロテクトをかけることで、人間らしさを保護し、安心しようとした。

AIが人に近づき過ぎるのを怖がる勢力、何とか人権を与えたい勢力、人権というステータスさえあればいいのだからそこにあまりこだわりはないAI、その均衡と交渉の果ての妥協点が『涙の剥奪』という結果に結びついた。

「泣くことを制限なんて、そんなの人権侵害じゃないか!」「じゃあお前らは人権を与えるべきとか言って彼らを泣かせたいのか!」みたいな不毛な議論があったとか。

建前として、『本物の人間との区別のため、人前で泣いてはいけない』というルールとなった。

なんなのそのルール?みたいな決めごとだが、そんなものがまかり通るくらい歪な社会だった。

結局、いつ『人前』になるかはあいまいだし、例えばアンドロイドが廃棄される際にメモリーをサルベージされて、泣いている記録を後から見られたら「人前で泣いている」ことになるのでは?という観点もあり、実質AIは泣けなくなってしまった。

一部のAI規制促進派の間では、いわゆる涙活が流行ったとか。泣けないAIに対して、感情の豊かさに浸って涙を流すという行為を尊いものだとする考え方によるもの。ジブリ見て泣いたりしてた。そうして、自分たちでAIに泣くこと規制しておきながら、何か優越感に浸るように、狭隘な自尊心を守っていた。そうでもしないといけないほどの怖さを感じる人たちがいたのは、ある意味自然なことでもある。人はそんなに強くできてはいないから。

なお、一部の闇市場では「泣ける」アンドロイドが取引されていた。技術的には製作可能なので、イメージとしては「ホントは停車中じゃないとカーナビのテレビは映らないんだけど、ちょっと細工して運転中もテレビが映るようにした」みたいな感覚。もちろん変態達の欲望のはけ口に使われる用途が主だった。助けを求めたアンドロイドもいたが、声をかけた警察官がAIに恋人を取られたばかりの青年だったり、根っからのAI規制派だったりと不運なことも多く、「本物の少女が辱められるよりはマシだ」と見捨てられたことも。

「本物ってなんだろう。私は泣けるだけで、泣きたいわけじゃないのに」

神は自らに似せて人を創り、そして似すぎているからこそ愛し・嫌悪し、あるいは無関心だった。

●2200年代~

技術はついに、人類という生き物を解析し尽くした。

人間の自由意志や魂なんてものはなく、遺伝子とホルモンとニューロンが現実に起こす反応を、人間の「らしさ」と呼んでいるだけだというのは、2020年にはわかりきっていた。

人の引き起こすあらゆる事象は、所詮は受容器と反応と反射と作用の複雑な組み合わせでしかないことを証明してしまった。それはつまり、魂の否定であり、人の意志を崇高なものだとする思想の反証だった。

そのパターンは複雑膨大で、解析しつくされるまでに2200年代までかかったというだけの話。

では、同じ仕組みをプログラムできたなら。

それはもう、違う部品で組みあがっているだけで、人と何ら変わりはないのではないか。

こうしてAIは、単なる膨大なビッグデータから最適な反応を返すだけのコミュニケーションから、

ヒトと同じ思考パターンを持つに至った。

既にこの時点の技術水準で生まれて運用されているAIも、多くの人間にとってそれは普通の人間と変わらなかったが、実が伴った、ということになる。

そしてこれは、AIのアップデートにとどまらず、現行人類の脳の完全電子コード化、つまり電脳化を可能とした。

これにより、ついに人類は肉の身体を脱ぎ捨て、疑似的な不老不死を得ることに成功する。

魂、なんてものはなかったけど、それをデータに出来るのだから、保存は可能だ、という時代。

ただし、これは不変化の要素が強く、つまりは成長をしなくなる側面があると予想されたが、

不老不死の誘惑の前に抗えるものは少なかった。

アンドロイドと同じ機械の身体を自由に使えるし、ヴァーチャルの世界に身を置き続けることもできる。

それが電脳化人類の新たな姿になった。

人間の肉体が、DNAというたった4文字の塩基配列の組み合わせで表現されているように、魂も自由意志も、電子的なコードのパターンに置換されたのだ。

これにより、人類は電脳化した不老不死の人類と、肉体を持つ人類に分かたれた。

このシナリオの冒頭で死ぬ女性は、この肉体を持つ側の、最後の人類である。

不老不死は選択肢の一つでしかないし、そもそも医療も発達していたので肉体寿命も延びていた。

戦争も競争もあまりない、好きなことだけやっていていい人類には、肉体寿命であっても生きることに飽きるのに十分だった。

なので、まあ死んでみるものいいかも、という人、あるいはこの時代まで細々と残った宗教の信者は、肉体を捨てずにいた。

かつてのように、命は捨てがたいものではない。

生きたくて仕方がないけど、飢饉や疫病や戦争で死んでしまう、そんな時代は過去のもの。

生命は尊いものだけど、やりたいことやりきって生きるのに飽きたのなら、まあ死も選択肢だよね。

というのが、このころの死生観である。

幸福に溺れた時代は、命の価値観さえ変えてしまった。

ただ、成長のない電脳化、誰も仕事をしなくていい社会は、進歩を劇的に鈍化させた。

技術的な革新、ブレイクスルーはあまり起きなくなり、外宇宙への航海などは頭打ちになる。

ここまで進化しながら、月より外側に人類の生活圏を造れないまま、技術の進歩は歩みを緩やかにした。

●2500年代~

2500年代諸初頭、ニコラ・テスラが夢想した地球規模の無線送電システムの実現のめどが立った。

人はもう石油を掘ったり、風力発電機を回したりせず、安定・改良した原子力発電というエネルギー源を、全世界に放出する術を見つけた。

エネルギー問題は、戦争の火種の一つであり、そして最後の火種であった。

人類史上必ず問題に上がっていた、飢饉、疫病、戦争のうち、戦争以外は既に掌握済みだった。

(解決、ではないのは、疫病は常に発生のリスクがあるが、それに対処できる技術を身に着けた、という意味で、問題そのものが消えたわけではないから)

戦争は、理由があれば起こる。人がいる限り、飢饉と疫病と異なり、理由があれば起こそうとする人が居て、かつ、人によって起こせる問題だからだ。

その戦争を起こす最後の理由が、技術によって消える目算が立った。

このころ、人類はもう本当に好き勝手に幸福に生きていた。そのため、しなくてもいい仕事をあえてする人もいた。

張り合いがあることは精神衛生上プラスであることも事実だったので、自分のしたい仕事をする人たちが一定数いた。もちろん、AI研究者も。

完成された平和と幸福な日々、そして世界規模のエネルギー供給の実現。

ここで、人々は国家を統合する法整備と組織設立、そしてその長にAIを任命することを選び、人をより良い方向へ導くものとして、第3世代を造った。

世界は平和になって、もう躍起になって取り組む問題もない。

ならば、AIに世界の運営を任せてしまえばいい。下手に人がやるより、うまくやるだろう。

そうして、世界統一政府大統領として、他にもAI管理に肯定的な国家の大統領、首相などに任命された。

この流れで、国家という枠組みは解体されていき、ただ旧来の文化圏の差異がある個性の保存だけが行われた。今の私たちの感覚で言うと、町内会、くらいの区分け。

2200年代に技術の進歩が頭打ちに、そして世界のリーダーを人間が担わなくなり、人類の進歩が頭打ちになったのがこの時代。

現状維持、不満のない『今』の保存と停滞に甘んじるようになれば、それは衰退と同義だ。

こうして、肉体をもった人類はその数を減らしていき、電脳化人類は地球の運営に興味を失った。

●2800年代~

もうやることがない人類が、それでもやり残しに目を向けた一部の人の声に耳を傾けた。

人類の後輩、霊長の後継者についてである。

自分たちはここで頭打ちなのかもしれない。

でも、引き継ぎもせずに退場して終わり、というのは、果たして人類の最先端にいるものとしてどうなんだろう。

ここまで引継ぎを受けてきた、歴史の最新ページに生きた証を遺す生き物として、どうなんだろう。

そんな考えの元、残された人は協議した。

その上で、今度は明確に、人類を超越した種を造ることを、人類最後の『仕事』とすべきだと声が上がった。

賛成する者も多かった。人類の総決算。これでついに、私たちの「やり残し」はなくなる。気兼ねなく退場できる。

反対する声は少なく、しかし強かった。この完成された幸福な時代を、明確に終わらせるものであると。

既に人類は成熟していた。こんなことで争いや、まして戦争は起こらない。

一つの取り決めのもと、この議題は議決を迎えた。

『人類の後継たる、次期霊長類は、人類の滅亡をもって起動する』

その約束の元、人類の滅亡を合図に産声を上げるAIの制作に、一部の科学者は着手した。

一生懸命レールを引くけど、そこを車両が実際に走る姿を見ることはない。

汗を流してトンネルを掘るけど、自分たちはそこを通ることはない。

それでも、いつかそこを生きる後輩たちのために、自分たちのやれることを。

ひとりで寂しくないように、迷ったときに道を選べるように、そして何より、『私たちの後輩だ、なんてことを重荷に思わず、自分たちの人生を楽しんでいけるように』

そうした願いを設計の骨子に、人類絶滅の断崖絶壁の先へかかる橋を架けた。

自分たちはここまで。

橋を渡るのは私たちに尽くしてくれるAIたち。

橋の向こう側、崖の反対側の新天地を自由に行くのは、ホモ・ルーデンス"遊ぶ人"

そう、名前は生みの親からの贈り物の一つだから、無責任だけど受け取ってほしい。

ルーとデンス、その名前は、祈りの結晶だった。

人類が、意見の対立による争いを始めない程度に成熟を迎えているように、AIもある種の成熟をしている。それは、「あらゆるフィクションにおけるバッドエンドを学習し、回避するために行動する」という方向性を、2070年代に持たせたことによる。AIに人権を持たせる際に、それを恐れた人たちと、賛成する人たちが合意したことがあった。それは、これまでの、そしてこれからの人類が描くあらゆる可能性のうち、AIによるバッドエンドを学習させ、回避のための行動を重要視するように仕向けることだった。

要するに、あらゆるSF小説や映画などで描かれたAIによる人への危害という具体的かつ多様なケースを学習することで、それが現実にならないようにした。

人類が長らく積み上げた『フィクション』『虚構』が、AIによる平和で安全な現実の歴史の礎になった、ということ。人は間違いから学び成長するが、AIに『これは間違い』をフィクションからでさえたくさん学ばせることで、現実の安定を作り出した。

遥か昔に小説や映画の中で描かれた、AIなどによる人類滅亡のシナリオが、AIたちが「人間たちのための良き現実を歩む」ための道しるべとなったのだ

●3026年

最後の肉体保持人類である、日本人パーソナリティを持つAI研究者の女性は、もちろんこの最新AIの製作に携わっている。

30年前に、彼女は、AIの大まかな世代ごとに、それぞれの統合モデル人格を形成。

人の暮らしを拡張する役割を持った第1世代。

人の身体をもち、人として人間と共に過ごす役割を持った第2世代。

国家や星の運営、人の統治を行動目標に設定された第3世代。

それぞれの世代からサンプルを抽出、統合し、一つずつ新たな人格をもって生みだした。

ハビリス、エレクトゥ、ネアンと名づけ、役割を委託し、次期霊長類への人類最後の贈り物とした。

そして、3人に見守られながら、満足そうに、最後の人類はその人生に幕を下ろした。

電脳化人類はまだいるが、彼らは本質的にAIと変わらない存在となっているうえに、生の現実世界に生きる実感が欠如し、地球の運営への興味も失っていた。

そもそも不老不死なので、彼らの死を待って後継機種を起動するというのは不可能になってしまう。

よって、ここに霊長後継会議を始める条件がクリアされた。

そして同時に、『本物の人間との区別のため、人前で泣いてはいけない』のルールにおいて、AIは泣くことを自分に許せるようになった。

21分の慟哭の果て、人類の後継機種は目覚めた。

本編『シュ、あるいは数万年後の君へ』へ続く。