クソ野郎のジャワ島横断記⑩ 再訪ジョグジャカルタ。 2019.03.09 07:18 ジャワ島、第二の都市ジョグジャカルタには夕方6時ちょうどに着陸した。 飛行機から滑走路へと降りると、皮膚にまとわり付いてくるようなムッとする湿気と熱が待っていた。。それらと埃が混じり合い、バンドンとはまた違った空気が漂っているのが分かる。遠い空には薄っすら明るさが残ってはいたものの、すぐにこの街も闇に包まれていくのだろう。 疲れが溜まっていた。バックパックが背中に重く感じる。一日バンドンをバイクで走り回り、空港でのドタバタがあった。そして最後に、ここジョグジャカルタの街を何路線も走っている「トランス・ジョグジャ」と呼ばれるバスに乗り、今夜の宿に向かわねばならない。調べてはあるが、迷わず行けるだろうか。でも、不安はない。例え迷ったとしてもどうにかなるからだ。どうにかできる術をオレはいくつかの東南アジアの旅で体得してきた。 ここ、ジョグジャカルタへ足を踏み入れたのはこれで二度目だった。 数年前、隣の島、バリ島へ訪れた時、どうしてもジャワ島の世界遺産、世界三大仏教遺跡ボルブドゥールを見たくて、でも自力で行く知識も勇気もなくて、高い金を払って日本のツアーなんぞに申し込んだ時のことだった。 通り沿いに廃墟のように立ち並ぶコンクリートとトタンの家々、そこに舞い上がる埃、排気ガスを吐き捨てながら走るオンボロの車、そしてバス、路上の物売り屋にぶら下がる無数の果物、そこに見える人々の生活。 あの時の、まだ芽生え始めたばかりの冒険心を激しく揺さぶったジョグジャカルタ熱気は変わっていなかった。その頃の自分が妙に幼く感じ、懐かしい。ひとりでは何もできなかったあの頃の自分に会いに行く。今日からはそんな旅にしようと思った。 空港内の「Bus」の表示に従って行く。お決まりの「タクシー?」という客引きの声を手招きを笑顔でうまくかわしながら歩いていく。空港の外に出て、歩行者通路を歩いていくと、いともあっさり乗り場を見つけることができた。 首都ジャカルタの路線バス「トランス・ジャカルタ」のICカードとは違い、現金手渡しにて乗車するようだ。一回3500ルピー、約35円くらい。 路線図は日本で見つけて印刷してきた。 路線3Bのバスに乗り、「プラウィロタマン地区」へ向かう。 バスに乗り込むと、運転手の他に黄緑色の制服を着た係員が乗っていて、どこまで行くのか、と尋ねてきた。オレは路線地図を広げて見せて指さした。彼はそれを覗き込んでOkと言い、運転手近くの空いている客席に座った。外国人向けに親切に聞いてくれたのかと思っていたが、どうやら他の乗客にも聞いているようで、メモに乗車人数などを書き込んでいた。 公共のバス、という観点を持っているととんでもない。運転が荒いのなんの。座っていてもどこかに捕まっていないと体を左右前後にとんでもなく振られる。おそらくこれが普通なのだろう。オレは、バックパックを足元に置き、両手両足を踏ん張りながら、車窓の外を眺めていた。 ジョグジャカルタには大きなバスターミナルが2つある。そのうちのひとつ「ギワンガンバスターミナル」を過ぎると乗客が一気に減った。 オレが降りるバス停は間もなくだった。オレが準備をすると同時に係員も声をかけてくれた。 降りたバス停は安宿街の外れのため、あたりはほぼ真っ暗。今夜の宿は「ウィスマ アリーズ」。インドネシア語でウィスマがゲストハウス、アリーは人の名前。つまりアリーのゲストハウスだ。安宿街にあるらしいが少し離れのため、閑静な立地とのことで選んだ。地図で測ると、バス停からは700〜800メートル。歩けないこともなかったが疲れているため、「地球の歩き方」にのっていた「ベチャ」と呼ばれる「自転車タクシー」を探そうと考えていた。運良くバス停前に待機していたベチャを見つけ声をかけると待っていたとばかりに運転手がオレに寄ってくる。オレがゲストハウス名を告げるとポカンとした。 良い予感はしない。もう一度伝える。ダメだ。理解していない。 「ホテルだ。ホテル。ウィスマアリーズ。」 そうは言ったが運転手はなんのことやらという顔をしている。オレは説明が面倒臭くなり、踵を返して宿の方へと歩き出した。一キロもないんだ。地図を見ながら歩けるだろう。そう言い聞かせることにした。けれども何せ暗い。オレは一度バックパックを下ろしLEDライトを取り出してそれを持って歩いた。 大回りして明るいであろう大通りを行く道もあったが、なにせ疲れているため一刻も早く辿り着きたい。オレは最短距離で行ける路地に入った。数分は様子が分からず怖さもあったが、目が慣れ周囲が確認できてくると、ここが民家が立ち並ぶごく普通の路地であることが分かってきた。開け放たれたドアからは明かりが漏れ、ちらりと覗いてみると子供が遊んでいたり、上半身裸のおじさんがテレビをみていたりした。 さらに歩いていくとゲストハウスも点在していて、欧米人の姿も見える。オレはすっかり安心しきって観光気分で路地を進んでいった。 路地を曲がり比較的広い通りへ抜け、目的の宿を探す。たまたまいたおじさんに聞くと、すぐそこだ、と笑顔で教えてくれた。 ゲストハウスといえど、昔の貴族の館のようで、庭はまるでジャングルのよう。フロントはその傍らにあり、女性が対応してくれた。ここではツアーも受け付けているようでメニューが置いてある。目を通してみると、日本人ツアーほど高くはないものの、個人で行くにはやはり高い。 部屋に案内したのは男性で部屋の説明を一通り終えると、明日はどこへ行くのかと、片言の日本語で話しかけてきた。 「ボルブドゥールへ行く予定なんです。」 「一人で?」 「ワタシの友達がドライバーをやっている。どうですか?ガイドもできる。」 どうやらツアーを紹介したいらしいが、値段を聞くと高いので断った。次に、では明日はいつ帰ってくるのかと聞かれ、おそらく夕方だろう、と答えると、 「ワタシの家は海がすぐそばだ。夕日がきれいだ。夕飯を食べに来ないか」 と言う。それは楽しそうだと話しに乗ると、次には、バイクタクシー代として金額を提示された。結局商売なのかと、オレは断った。また何か用事があればこっちから声をかけると伝えると男は、今日は仕事は終わり、と言って帰っていった。 大通りへと夕飯をありつきに出かけた。空腹なので、とにかく何か腹におさめたい。大きな交差点へ差し掛かるとレストランの看板が見えた。表にメニューが出ている。金額も高くない。 しかもナシゴレンはしっかりあるではないか。 男性スタッフが出てきて、いかがでしょうか?と丁寧な言葉と笑顔で声をかけてきた。 「じゃあ、お願いします。」 オレはその温まる接客に自然とそう口にしていた。 全面オープンテーブルのレストラン。 開放的で良い。暑さも和らぎ実に心地が良かった。どうやらゲストハウス併設のレストランらしく、目の前の建物のガラスドア越しにフロントが見えた。 メニューを見ていると、ミーゴレンもある。インドネシア焼きそばだ。今日はこれとコーラを注文。約300円。 実によく働く店員の女の子が目に入った。高校生くらいだろうか、褐色の肌に笑顔がよく似合っていた。オレのミーゴレンとコーラを運んできてははにかんだ。 ここでは給料というのはいくらくらいなんだろう。日本の半分くらいだろうか。 日本では、誰かと比べることで幸か不幸かの天秤が揺れるような生活だった。アジアでは日本人というだけで金を持っていると見られる。そういう意味では無力な優越感があるのかもしれない。東南アジアへ来るとその物価の安さから自分の価値を見失いそうになる。 支払いではその女の子が対応してくれた。笑顔の割にはレジを打つ手がぎこちない。まだ入ったばかりで不慣れなのかもしれなかった。おまけにおつりが多く、オレが気付いて余分を返すと褐色の顔を幾分赤くさせた。 腹を満たすと疲れていた体も幾分楽になったようで、すぐ宿に帰るのがもったいなく思えた。東南アジアの各国では必ずマッサージ店に足を運んできたのでどこか徒歩圏内にないだろうかとグーグル・マップで探すが、どこも遠い。一軒、日本人のレビュー評価も良い店を見つけた。 そこでバイタクを使う手を思いついた。日本で事前にダウンロードして入れておいた「Go-Jek」というバイクタクシーあぷりを起動させて使い方を確認する。現在地と到着地を入力すると料金と共に地図上に近くを走っている「バイタク」も表示される。どうやら三キロを50円くらいで行けるようだ。 レストランの前で待っていると、Go-Jekの緑色のジャケットを着た一台のバイクが停まった。使い方と相場さえが分かれば、もう足として十分使える。 ツアーに頼っていた以前のジョグジャカルタ訪問時とは明らかに違う自分がいた。夜のジョグジャカルタの路地をバイタクは走る。明かりが少ないため、一見朽ち果てたような街にさえ映る。 マッサージ店に到着した時に気付いたがiphoneのバッテリーが終わりかけていた。2%しかない。これでは帰りのバイタクを呼べない可能性がある。 店内に入って、60分の足マッサージを選び、次にバッテリーチャージャーを貸してもらえないかと受付のおばちゃんに尋ねる。親切に他のスタッフに聞いてくれたようだが、なにせここはインドネシア。高価なiphoneを誰も持っていない。 マッサージが終わり、バッテリーが完全に切れたiphoneと向き合う。どうやって帰るか。歩くか。3.5キロ。単純計算でクロックスでも走れば20分程度で帰れるが、そんな元気はない。歩いたら40分以上はかかるだろう。さてどうするか。と、そこにちょうどマッサージを終えた客が出てきた。すかさず尋ねる。 「go-jek、でバイタクを呼んでもらえませんか?私のバッテリーが終わってしまって。」 男性は、自分のスマホには入ってないが、と前置きした上で、一緒に来た友人なら、と言ってくれ、その友人が親切にも呼んでくれることになった。バイクを待っている間の数分、どこから来た、などの会話をして感謝を言ってオレは帰路につけることになった。 宿の近所には商店があり、そこでポカリを仕入れて帰る。 その夜、宿の浴室で得体の知れない虫にオレは慌てた。イモリやヤモリだったらまったく問題ないが多足系の虫はめっぽう弱い。大の苦手なのだ。こんなんでよく今までゲストハウスに泊まってきたもんだと我ながら呆れながらジョグジャカルタの初日を終え、深い眠りについた。