令和8年3月分 金剛寺住職法話
【金剛寺住職の法話。考え方を少し変えるだけで、苦しい人生が、楽しい人生に】
毎月1日の法話は、SNSを扱えない人達(檀家のご老人達など)の為に、コピーして配布させて頂いているものです。中には、会社の社長さんも何人かですが、この1日法話をコピーして、社員さん達に配布されている会社も。そうした意味合いから、少々長文になっておりますので、鬱陶しいと思われる読者さんは、どうぞスルーしてくださいませ。
【はじめに】
雛祭りとは、3月3日の桃の節句の事で、女の子の健やかな成長や幸せを祈って、お祝いをする日。雛人形を飾るは、子供達の代わりに、病気や事故から守ってもらうため。昔(江戸時代)は紙で雛人形を作って、病気やけがなどの良くない物を持って行ってもらう様に川に流す「流し雛」をしていたと。が、徐々に雛人形が素敵な物になってきたので、今では飾り雛が主流に。地方によっては今でも昔の様に「流し雛」をしているところも。雛人形は、立春(2月4日ごろ)から2月中旬にかけて飾り、雛祭りが終わったら、出来るだけ早くしまうのが良いとされております。いつまでも飾っていると、娘の婚期が遅れる、という言い伝えも。雛祭りでは、縁起の良い食べ物として、ハマグリやちらし寿司を称する風習が。
令和 8 年 3 月分 金剛寺住職短文法話集
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【本文】
読者男性が「住職さん、今月ですが、仕事で伊勢の方に出張しますので、伊勢神宮に参詣させて頂こうかと思ってるんですがね。参詣作法の知識がないので、何か決まり事があれば、教えてくれませんか」と。対し拙僧「じゃ、基本的なところを少しだけ。お伊勢さんは祈願神社ではなく、御礼報謝参詣が基本なんです。拝み方は、2礼8拍手1礼にて。お伊勢さんよりも格が下の宇佐神宮、明治神宮、出雲大社などは、お伊勢さんより少し控えて、2礼4拍手1礼で。太宰府天満宮さんや、その他の神社は更に控えて、2礼2拍手1礼で。『礼』は敬意、御礼の為、『拍手』は『お参りに来たよ、神さん、出て来てちょうだい』と音で知らせるため。だから、出来るだけ大きな音を立てて拍手(かしわで)を打ってちょうだい。お賽銭は、読んで字の如く、小銭を。これも、ジャラジャラと音を立てて『神さん、来たよ』と知らせるためにて」「へえ、そうなんだ」「参詣の際の拍手においては、大分県の宇佐神宮では、正面の立て看板に『何故、この神宮が4拍手なのか、それはわからない。昔からその様にしていたので、今もそうしております』と正直に説明書きがされておりましてね。天下の宇佐神宮が何故に4拍手なのか『知らん』と言い切りおった。本来なら、宇佐神宮という立場(ネームバリュウ)から『知らん』などという言葉を出すは、自尊心が許さないもの。嘘でも何かしらのいわれを装って、体裁を繕いそうなもの。それを『知らん』と正直に言って退けた。『知らんものは知らん』と正直に言い切る。特に信仰においては、この姿勢こそが、安心と信用、信頼を人々に与える事になるんですよね」と。
続けて拙僧、この読者男性に「伊勢神宮の式年遷宮(東と西に並ぶ宮処を20年毎に建て替える)ですが、平成25年に62回目の遷宮がありました。この年には拙僧も、家内と2人で参詣させてもらいました。西暦690年の持統天皇の時代に第1回目が行われてから、この行事は1300年の歴史があるんですよね」と。対し、この読者男性が「20年って、まだまだ新築じゃないですか。もったいないですよね」と。「そう、もったいないから、解体された材料は無料で、全国の神社に配られるんです。20年にする理由の1つには、人材育成、所謂、後継者(宮大工)を伝承させるため。拙僧が大変お世話になっている高野山別格本山大圓院の藤田住職さんが『英照(拙僧の事)さん。本堂屋根の檜皮葺きは、1度葺いたら50年は大丈夫なんだが、区分を決めて20年毎にやってるんだよ。50年も葺き替えをしなかったら、葺ける職人さんがいなくなるんでな』と。伝統(歌舞伎、狂言、茶道、宮大工、寺院、他諸々)を継承させていくというは、本当に大変な事なんだよね」と。
神社といえば、ほんと、偶にですが「住職(拙僧の事)さんは、靖国神社には参詣される人ですか」と問われる事がありますが、対し「近くに赴けば、必ず参詣させていただきますよ」と。そう答えると「A級戦犯が合祀されている場所ですよ」と返してくる人がおられます。「何故、あなた(拙僧)は参詣するのか」と問われた場合、その質問内容に応じて、様々な角度から説明をさせてもらっておりますが、つい最近でもある人(50代男性)から、靖国参詣を問われて拙僧「第二次世界大戦後、朝鮮国は国を2つに割られ、今でも両国は啀(いが)み合いを。ドイツも大戦後、東ドイツ、西ドイツに。ベルリンの壁がなくなった今でも、国民の中には蟠(わだかま)りが残っていると。そう考えたら、日本も敗戦国にて。大阪、名古屋辺りで2つに割られ、東日本国、西日本国になって、争いをしていたかも。だけど実際は、そうはなってないでしょ」と答えると「A級戦犯の方々が、命懸けでそれを阻止されたとでも」と詰め寄るので「それはわかりませんが、アメリカ合衆国と対話の出来る上層部の中の誰かが、働いてくれたんじゃないのかな、と勝手に推察しております。世界でも稀に見る平和な国で現在、生活をさせてもらっている事を考えますと、ですね」と、そのある人(50代男性)に。
【余談】
読者女性が「住職、昨年の2月頃、BS の番組でこんなドラマがありました。示談金欲しさに女性が、電車内で偶々側にいた武田真治さん演じる男性に『この人から触られた(痴漢)』と冤罪の罪を。それをきっかけに男性の人生は、坂を転げ落ちる様に。男性は、話を聞いてくれなかった検察に復讐する為、自ら人を殺し、周到な準備を整えて、その罪を全く知らない男性になすり付け『冤罪は簡単に起きるんだ』を世に示した、というドラマが。このドラマを見た時、住職が以前、法話に投稿されたお話(痴漢)を思い出しました。住職の知人男性がエレベーターに1人で乗っていたところに、女子高生2人が乗ってきて、次の階でドアが開いた途端にエレベーターから降りて『この人に触られた』と大声で叫んだと。住職の知人男性は、それに対し、冷静に『君ら、ほら』とエレベーター内の防犯カメラを指差すと、女子高生2人は悪びれもせず、舌打ちをして去って行ったと。この住職の投稿法話に対し、数名の読者さんから『自分も疑われました』というメールが住職の法話に入ってきましたよね。その中でも最も驚いた話は、女子高生(学校の生徒)が担任(教諭)の後を付け、電車の中で『この人が触った』と、学校で注意された事への復讐で冤罪の罪を。それが元で先生をクビに、と。更に驚いたは、この女子生徒の復讐冤罪被せ話に『私の友人の先生も、それをやられて辞職をしました』とのメールが。同じ女性として私、なんとも開いた口が塞がりませんでした。ほんと、怖い世の中になりましたよね。確かに、痴漢行為で泣いている女性は何千、何万といると思います。が、何千、何万といっても、痴漢をされた女性は、その時だけの苦しみにて。確かに、それがトラウマとなって、後々まで引きずる人もいますよ。私も何度か痴漢行為を受けた経験者の1人ですから、その心情は、よくわかります。本当に痴漢をやった男性なら、そりゃ当然、許す事は出来ませんよ。だけど、勘違いで犯人扱いにされた場合であろうと、示談金欲しさに仕掛けられた場合であろうと、無罪であるその男性は、偶々その電車に乗っていただけで、偶々その女性の近くに居ただけで、罪を被せられ、何も悪い事はしてないのに、ずっと周囲からは白い目で見られ、会社はクビになり、家族からも見捨てられ、一生をズタズタにされる。その電車に、偶々乗ったが為に。あまりにも悲惨過ぎる話と思いませんか」と。
最後に、この読者女性が「こんな意見を言うと必ず『女性は皆、苦しんでるんだ』と声を荒げる人達が、どこぞから降って湧いて出てきますが『そんな事は、あなたに言われんでも、わかっとる』ちゅうねん。無実の男性の人生がズタズタになっとる、これをどう思うんじゃ、という事を言っとんねん。少し考えたら、わかりそうなもんだが。住職の法話の中にも、住職知人の刑事さんの言葉として書かれておりましたが、私の知人の刑事さんも『駅長室に連れて行かれたら、ほぼ有罪になる。自分はやってないというなら、取り敢えず走って、その場から逃げろ。これしかない』と。この言葉にもまた、文句が来そうですが『無実の人が人生をズタズタにされずに済む方法が、他にあるなら言ってみんさいや』という事ですよ」と。
続けて、この女性が「じっくりと裏付け(人間性を含む)をとって、調べてくれるのなら、逃げる必要もないでしょうけどね。そう思わん、住職」と。対し拙僧「この問題は色々と難しいよね。石川五右衛門さんが辞世で『浜の真砂は尽きるとも、世に盗人の種は尽きまじ』と言ったという事ですが、痴漢がしたいという男性も、お金目当てで仕掛けてくる女性も、人間に欲がある限り、なくなる事はないだろうね。冤罪を防止しようと思えば、電車内を完全に男性車両と女性車両に分けてしまうとか、男性は女性の後ろに絶対に立たない様にするとか、人が見える様に両手とも吊り革を持つ様にするとか、拙僧も電車内では気を付けているかな。どこに行くにも作務衣で、人相が良い方ではないので。特に東京で電車を利用する場合は、極力、満員電車には乗らない様にしていますね。坊主が痴漢に疑われたら、目も当てられん。週刊誌の格好の的になりますもんな」と。
電車内での痴漢冤罪ですが、番組『行列の出来る相談所』で、痴漢冤罪を逃れる方法は、その場を立ち去る、逃げる、動画を撮りながら立ち去る、と。または、微物検査(手に付いている繊維を調べてもらう)を求めるなど。冤罪を仕掛けてきた相手は、触られていないのを知っているから、自ずと引く、と言ってましたね。
令和 8 年 3 月分 金剛寺住職 臨時法話
昨今、また、拝み屋さん関連の相談(苦悩)が、ちらほらと拙僧のところにやってきます。昨年の事ですが、春のお彼岸に入って2日目(3月18日)のこと、拙僧とは初めてご縁の老女が電話で「住職さん、知り合いが、どこからか僧侶を連れて来て『この家には不動明王が祀られてあるから、この家の先祖さん達が家の中に入る事が出来んと、玄関の外で怒り狂っとる。大きな祟りがある前に、不動明王を排除せよ。私が排除してあげよう』と、その僧侶から言われまして」と。「ふーん。で、排除するのに、幾ら払えとか、言われたの」と尋ねると「はい。30万円と」「ほう、そりゃ、べらぼうに高額だね」「先祖の供養も含むからと。お金の事よりも、私のお婆ちゃんの時代(70年前)から、お大師さん信仰で大切にお不動さんをお祀りしてきているのに、排除なんて、気が引けて。だけど、玄関の外で先祖さん達が怒り狂っとる、なんて事を聞かされたら、もう怖くて、怖くて。どうしたらいいでしょうか」と。対し拙僧、この老女に「話はよくわかりました。では、明日ですが、私のお寺に来る事が出来ますか」と問うと「はい、有難うございます。必ずお伺いします」と老女が喜んで。
翌日、約束の時間通りに老女がわが寺へ。その老女に拙僧、開口一番に「あれ、無事に来れたんですね」と言うと「えっ『無事に』とは、どういう事ですか」と。「だって、玄関の外に怒り狂った先祖さん達が、待ち構えてるんでしょ。それが本当なら、当然、なんかされるでしょ、怒り狂ってるんだから」と返すと「あっ、そう言われれば、そうですよね」とその老女が。「じゃ、この話はもう、終わりでいいですよね。70年も前から不動明王を祀られているんでしょ。何で今頃になって、先祖さん達が怒り狂うの。少し考えたら、わかる事でしょ。あなたが『えっ』という反応をされるから、その僧侶が『しめしめ、この老女、身に覚え(先祖を大事にしてない)があるんだな。よし、よし、ラッキー、カモが来た〜』と仕掛けてきたんじゃないの。先祖さんは祟らんよ、失礼な。何が哀しゅうして、子孫を祟る先祖などおるもんか。先祖さんを愚弄するのも、大概にせにゃいかんよね」と、この老女に。嘗て、過去に1度だけですが、これと極似の相談を受けた事がありましたね。
加えて、この老女に「今年に入ってね、わが寺の檀家さんではないですが、ある若者がわが寺にやってきて『住職さん、ちょっと聞いてよ。両親がのぼせ上がっとる、怪しげな信仰の拝み屋さんが、全くこの信仰に靡(なび)かない息子の私に、両親を通じて勧誘(下記)を仕掛けてきたんですよ。それも、しつこく、しつこく』と拙僧に。その若者が言われるには、拝み屋さんの会話というが、下記の通りです。
【拝み屋さんから若者へ】
「あなたの7代前の先祖が大変な事をやらかして、向こうの世界で彷徨い苦しんでいる。その祟りがあなたにも必ず来る。この信仰に入って、それを抑えなければ、あなたの将来に不吉な事が起こる」と。
【若者から拝み屋さんへ】
「ちょっとあなた(拝み屋さん)、聞いてもいいですか。確認ですけど、その7代前の私の先祖とやらに、あなたはコンタクトが取れてるんですよね。そこまではっきりと言い切っているんだから。なれば、その先祖とやらに、あなた(拝み屋さん)の方から言ってやってくれませんか。『あなた(7代前の先祖)がやらかした事を、私にどうしろというんだ。自分でやらかした事は、自分で責任を取りなっせ。この世で生きている人間は皆、そうしてまっせ。7代先の子孫に、あんたがやった事の責任をおっ被せる様な、そんな情けない事はしなさんな。あなた(7代前の先祖)の近くには、阿弥陀さんも、閻魔さんも、おらっしゃるんだろ。子孫に不吉な事を仕掛けようとしているのに、阿弥陀さんや閻魔さんは、何も注意をせずに黙って、あなた(7代前の先祖)の諸行を見て見ぬ振りをしようとしてるんですか。もしそうだとしたなら、仏の存在価値なんてないやん』と、その7代前の先祖とやらに、あなた(拝み屋さん)から言ってやってくれませんかい」と。
そこまで言うとその拝み屋さん、物が言えずに黙ってしまったんですって。ところが、この若者の両親は「あんたは、何て失礼な事を言うの、謝りなさい」と、その拝み屋さんを庇って、若者を責めてきたんだと。最後にその若者が拙僧に「住職がいつも法話で言われている様に『人は教えられても、身に付かん。人は気付かにゃ、身に付かん』は、真理ですよね。私の両親はいつ、これが紛い信仰だと、気付くんでしょうかね」と。この老女にこの(上記)話をすると「世の中にこんな恐ろしい自称僧侶ですが、どのくらいおるんでしょうか」と。対し拙僧「信仰は特別な物じゃないよ。特別な物にしている者がいるだけ。普通に菩提寺(その家の先祖代々を供養するお寺)で、先祖の供養に勤(いそ)しんでいたら、拝み屋系の僧侶に出会う事は、殆どないですよ。必要以上に欲を持つと、四方八方から勧誘の手が延びてくるので、そこだけを気を付けさえすれば」と。
【余談】
昨日、拙僧の法話の読者という関東在住の女性から「愚痴になりますけど、聞いてもらえますか」と電話が。この話をここで紹介するは、この女性からの要望でして。女性曰く「同じ境遇の人が、世の中には必ずおられるでしょうから、この話を法話にしていただけたら、何かしら考えるきっかけになるのでは、と思いますので」と。確かに、類似の境遇にある人は拙僧の周囲にも、ちらほらとおられるには、おられますけどね。
その女性が「住職が法話の中で『子供は、親が育てただけしか、育ってない。親が作った家庭環境の中で、その親が育てる。親に似た子供が育つ確率が高いは、当然の事にて。鳶(トンビ)が、鷹(タカ)を産む事はありません。基本、蛙の子は、蛙にて。が、偶にですが、鷹(タカ)の様な鳶(トンビ)が育っている事が。その大半は、子供自身が自らの努力によって、鷹になってる様で。但し、これらの見解については勿論、例外というはありますよ』とそのようなお話を。住職の言われる通り、基本は『この親にして、この子あり』だと思います。私の両親は、2人共が非常に温厚で、素晴らしい人達(人格者)でした。5人の兄弟、姉妹の中で、兄(当年72歳)だけが、住職の法話の例外に当たる人間で、両親に悉く反発し、我が強く、徹底した個人主義(利己主義)で、好き放題、やりたか放題の人生を」と。
続けて、その女性が「実はその兄が先日、何を思ったか、突然私に『俺は誰の世話になるつもりもない。俺が死んだら、骨はそこら辺に捨てとってくれ』と。それを聞いた時、思わず『はっ、兄さんのその骨を、いったい誰が、いったいどこに捨てに行くの。私が兄さんより先に逝ったら、そんな後味の悪い事を、私の息子、つまり、あなたの甥にさせろっていうの。冗談じゃない。人は産まれてくる時も、他者の手(産婦人科医など)を借りなければこの世に出てくる事は出来ない。人は死んでいく時も、自分で歩いて火葬場に行く事は出来ないんだから、他者の手を借りないと何の処理も出来ない。誰の世話にもならない、ですって、現に、捨てとってくれ、と私に頼んでるじゃないの。父さん、母さんが永眠している菩提寺の納骨堂があるんだから、そこに納めて俺の永代供養を頼む、ぐらいの事が言えないの。それだったら、私の息子も快く受けられるわよ。立つ鳥跡を汚さず、とはそういう事よ』と思わず、言いたい事をぶつけちゃいました。その後は流石の兄も気まずい顔をして、閉口しました。兄という人間は1度も結婚をせず、生涯独身を謳歌した人で、若い時からの口癖が『俺が一生懸命に働いた金を、何が悲しゅうして、妻や子供に使わにゃならんのや』と。対し、私が『産んで育ててもらった恩は、産んで育てて返すが、当然でしょ。縁が薄くて結婚まで至らなかった人や、子供が欲しくても授からなかった人は、別だけど。これが何よりの親に対しての恩返しでしょ。兄さんは、育ててもらった経験しかないから、育てた経験がないから、待つ事(子供が成長するを)や、我慢する事(子供が成長するまで)が出来ないでしょ。だから、いつまで経っても考え方が自分中心で、大人になってないでしょ』と。この様な口論は、度々ありました。恐らく、兄も気付いているんだと思います。今、自分が強がった言葉を吐いているという事を。兄は可哀想な人だと思います。せめて、晩年は素直になって、兄弟、姉妹、甥や姪と、親しく交流を持ってくれたら、と思うばかりです。住職、今日は愚痴を聞いてくれて、有難うございました。また、連絡します」と、この女性が。