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Fashion Source: Art of Being

777円の野菜セットと、ずれの話。

2026.03.01 00:32

ヨガの先生から、こんな小話を聞きました。


近所の八百屋さんで、

小松菜、レタス、人参、ピーマンのセットが777円だった日のこと。

嬉しくて帰宅してから夫に話したら、

レシートを眺めながら「ああ、安いね」と一言。

それだけだったそうです。


会話のズレ。


ヨガの先生も「あ、違うんだな」と

心の中で苦笑いしたそうです。


この話を聞きながら、

私は別のことを考えていました。

「1つずつ買ったら、うちのスーパーだとだいたい…」と、

頭の中で自動的に計算が始まっていたのです。


先生はラッキーナンバーに喜んだ。

夫は「安い」で完結した。

私は合計金額を検算し始めた。


同じ777円を前にして、

3人とも違う世界にいた。


私たちは、自分が育ってきた環境や経験によって、

「何が大切か」「何が好きで何が苦手か」と

いった独自の基準を作り上げています。 


その基準が他人と衝突したとき、

私たちは「小さな小さなストレス」

を積み重ねてしまうのです。



ヨガが教える「この世は幻想」という視点

ヨガの教えでは、私たちが目に見えているこの世界は、

すべて「幻想(マヤ)」であると言われています。

形あるものは、いつか必ずなくなってしまいます。

形あるものに依存した喜びは一時的なものであり、

それが失われたとき、喜びは苦しみへと変わってしまいます。 


「安く買えた」という喜びも、

あるいは「思い通りにいかない」という悩みも、

ある意味では移ろいゆく幻のようなものに

一喜一憂している状態なのかもしれません。


だからといって、

感情を消せという話ではありません。


ただ、心が乱されたとき、少しだけ立ち止まって——

「これは、私の経験が作り出した幻かもしれない。」

そう思えると、ずれのストレスが、少し軽くなります。


ところで、この「見ている世界が違う」という話、

先日のヨガの先生の話にもありました。


「目の前に壺があります。これは何ですか?」


「壺」と答えると——形が固定される。

用途も、役割も。


でも「土です」と答えた瞬間、話が変わる。

土はお皿にもなれるし、また練り直すこともできる。


つまり、土というOSが違うから、

見ている世界が、変わっていく。


それだけのことかもしれない、と思えると——

なんか、軽くなりませんか。