Ameba Ownd

アプリで簡単、無料ホームページ作成

2026年 3月1日

2026.03.01 14:47

 早咲きの梅はもっと早くから咲いてはいるが、梅の満開を楽しむのはこれからといったところ。同時に、山では小さく黄色い花が、点々と咲き始めた。なんの木かは知らないが、山の野生の木では、この小さな黄色い花が、最初に咲く。ここから少しずつ、春の訪れを感じる変化が現れて来るだろう。

 そういえば、このところの杉花粉の飛散も凄い。遠くから杉山を見ると、風が吹けば山火事の煙のように、花粉をもうもうと吹き上げる。そして山の景色を黄色に染める。車の窓ガラスは黄色い粉まみれだ。花粉症の人にとっては地獄のような光景に違いない。

 それでも、週に一回はまとまった雨が降るようになった。これまでカラカラに乾ききった山を潤すには、まだ時間がかかると思うが、少しは沢の水量も回復したように見える。

 すっかり春が来たかのような暖かさが続く。これまでこの日記では、「暖かい日が続くけれど、寒さの戻りもあるだろう」と書いてきたが、なかなか寒さが戻って来る気配がない。まさかこのまま一直線に春が来るわけでもあるまいが。

 3月は年度末という事もあり、なかなか気ぜわしい。せめて心ばかりでも、春の訪れをのんびりと楽しみたいと思う。

 以下は前の日記からの続き。

 この国が繁栄を手にして、それと同時に目標を失って現状維持しかできなくなった。挑戦よりも保留を選び、気が付けば地盤沈下が進行していた。では、次の目標は何かという話になってくる。

 ここでちょっと、民主制の話になる。変な寄り道に聞こえるかもしれませんが、すぐに「次の目標」の話に合流します。

 アメリカの独立戦争やフランス革命の頃から、民主制の国が登場し始めた、それまでにも市民が自治を行う都市はあったが、明確に民衆が国の主権者になると宣言する事態は、確かに歴史の転換点だっただろう。

 それまで世界の標準は、特権階級が国を管理する君主制だったが、民主制の登場には当然のように反発し、時には武力で攻撃を加えた。しかし、当時の君主制国家にしてみたら意外な現象が起こる。武力でも民主制国家の方が強く、しばらくするとヨーロッパ中で、君主制は残しつつも民主制を取りいれる国に総替わりしていった。

 なんで民主制国家が武力でも強かったか。それは、君主制だと兵士は騎士階級の職業軍人に限られたのに対して、民主制国家は国民全体が兵力になる可能性を示したからだ。何しろ、民主制が登場したての頃は、民衆にとっては、ようやく手に入れた国の主権者としての地位を失いたくないという動機があるので、君主制国家の武力干渉に反抗する情熱があった。

 民主制と言うと、誰もが人間としての尊厳を保証される理想社会を想像しがちで、実際、それまでの特権階級の奴隷状態から比較すれば理想に違いない。しかし、弱肉強食という言葉は、弱いものが強いものに喰われる様を言うが、民主制と君主制では、君主制の方が喰われる肉だった。

 やがて民主制国家は国民国家としての性質を強め、学校を作っては国民に教育を施した。これは民衆の教育水準を上げて国家を支える人材を確保する目的でもあり、何も理想だけで始めた事ではない。民主制とは、国家総動員体制の全体主義と相性が良い政体だということは、記憶しておいても良いと思う。

 長い前提になりました。ここからが本題です。民主制は君主制を駆逐した。それでは、民主制は何によって駆逐されるか。

 この問いに対してすぐに思いつく答えはファシズムによる恐怖政治となりがちですが、私はファシズムは民主制の病気みたいなもので、民主制を駆逐するするものではないと考えています。実際、ファシズムに堕ちた民主制国家は、他の民主制国家に滅ぼされたのが歴史的な結果でした。

 それでは、民主制を上回る力を発揮して、既存の民主制国家を超える力とは、どのような形になるのか。

 これが、「ブラックか、ホワイトか」の話になるのですが、長くなりすぎたので続きは次回にします。